edge 番外編13 | ナノ





edge 番外編13

 翔太から平川という顧客の名前を聞き、一弥はおぼんを受け取って、和信へお茶を出した。
「あ、俺、これを持ってきただけです。上野さんと面識はないけど、母から担当の方だと聞いて」
 和信は銀行から金を下ろしてきたらしく、紙袋をテーブルへ置いた。ちゃっかり隣に座っている翔太が、それに手を伸ばす。
「資料を持ってこい」
 刺のある声で命令すると、翔太は一弥の機嫌を損ねたことが分かったらしく、すぐに出ていった。救急箱を持って、和信の隣へ行き、彼の傷の手当てをする。銀行の袋に入っているが、この傷痕が翔太ではないなら、体を売ったくらいしか思いつかない。一弥は手当てをしながら、袖口を引いた。赤い線の痕がくっきりと残っている。
 和信は、「そういう趣味だ」と言うが、平川の資料を読む限り、彼の借金ではない。いくら母親に頼まれたとしても、彼が金を持ってくる必要はなかった。翔太を部屋から出そうとすると、彼は必死に自分が払うと言い募る。彼の母親へ対する愛情は素晴らしいと思うが、少し行き過ぎていて違和感を覚えた。
 会社としては誰がどんな形で持ってきた金であっても、金は金だ。翔太にしてみれば、滞っている平川からより、和信からのほうが回収しやすいと考えたに違いない。だが、一弥は安易に彼から回収するのはよくないと思った。
「一弥さんっ」
 翔太の担当であっても、一弥は和信に底なしのみじめな生活を味合わせたいと思わなかった。助けて、と言った青年の姿と重なり、それはそのまま、うす暗いステージの裾から見た光景に重なっていく。あのステージの上で一弥はもてあそばれた。
 私用の携帯電話の番号を書いて、和信へ渡した。翔太は、「まずいですよ」と頭を抱えている。
「俺、貴雄さんに殺されるかもしれません」
「何で?」
「だって、まさにこういう事態にならないように、一弥さんは法人部にいるんです」
 翔太はそう言った後、口を手で押さえた。
「それって、俺が弱いってことか?」
「違いますよ。情にほだされやすいってことです」
「……ダメなのか?」
「いちいち同情してたら、仕事になりません」
 翔太の言うことが正しい。だからこそ、素直に認めたくはなかった。一弥はバインダーを自分のデスクへ置いた。
「この件、俺から貴雄に話す」
「一弥さん」
 意固地にならないでください、と言い残して部屋を出た翔太から視線をそらす。動揺していることが自分でも分かった。右手で左腕をつかみ、そのまま力を込める。和信の何もかもを諦めた暗い瞳がよぎる。感傷に浸ろうとする心を叱咤して、一弥は資料へ視線を落とした。

 ノックの音に扉へ視線をやると、敬司のところから帰ってきた貴雄が入ってくる。一弥はその時になってようやくノート型パソコンの時計を確認した。そういえば、皆、「お先です」と声をかけて帰っていった。
「今日は外で済ますか?」
 貴雄の言葉に頷き、一弥はノート型パソコンを閉じて立ち上がる。バインダーを手にすると、貴雄が、「それは?」と聞いてきた。
「あ、うん、これは……」
 翔太の、「いちいち同情してたら、仕事になりません」という言葉を思い出して、一弥は貴雄を見上げた。どう切り出していいか分からず、先に感情があふれた。
「俺って、軟弱か?」
 貴雄は小さく笑い、息を吐くと、一弥の手からバインダーを取った。
「座れ」
 向かいのソファへ座ろうとすると、貴雄が彼の隣を叩く。彼はすでに資料を読み始めていた。

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