vanish 番外編1 | ナノ





vanish 番外編1

 慎也はケーキボックスを組み立てて、その中に紅茶のシフォンケーキを入れた。時計を確認すると、約束の時間まであと少しだ。洗面所で髪をスタイリングしている要司に声をかける。
「俊治君達、もうすぐ来ますよ」
「ん、分かった」
 洋平と総一郎からバーベキューに誘われていた。初めてではなく、すでに何度か総一郎の家を訪ねている。盛夏も過ぎ、少し涼しくなったため、俊治と博人も入れて、六人で集まろうという趣旨だった。
 だいたい場所は総一郎の家になり、肉や野菜を用意してくれるので、飲み物は自然と俊治達が持参し、デザートは慎也達の担当になる。すりガラスに映った人影を確認して、慎也が、「俊治君?」と声をかけると、俊治が引き戸を開けた。
「あ、もう準備できました?」
 俊治のうしろには外車が停まっており、ウィンドウを下ろした博人が軽く手を振った。三十分程度、郊外へ車を走らせると、総一郎達の住んでいる高級住宅街が見えてくる。道路はきれいに舗装され、一軒一軒の間隔が広い。初めて来た時は住宅展示場に来たのかと思ったほどだ。
 隣に座っている要司を見ると、彼も同じように窓の外を眺めていた。まったく口には出さないが、彼が博人や総一郎に気おくれしていることは知っている。慎也も同じ男だ。月収や住んでいる家が男のステータスになることは分かっていた。以前、一度だけ引っ越しをしたいかと聞かれたことがある。慎也ははっきりと引っ越しは嫌だと言った。
 あの家は慎也にとって、とても大事な思い出が詰まった家だ。一緒に壁の色を変え、要司とともに歩んできた日々が刻まれている。いつか田舎に引っ越すまでは、ずっとあの家にいたいという慎也の思いを、要司は受け入れてくれた。慎也から見ても、博人や総一郎は尊敬できる同性だ。だが、自分の道に光を灯してくれるのは、今までもこれからも要司だけだ。慎也はそっと彼の手に自分の手を絡めた。振り返った彼がほほ笑みかけてくる。
 博人の車から重いクーラーボックスを取り出している要司を横目に、慎也は俊治とともにインターホンを鳴らした。中から、総一郎が出てくる。
「いらっしゃい」
 総一郎が扉を開け放し、まだ車のところにいる要司達にも手を挙げてあいさつをした。
「洋平君、庭ですか?」
 俊治が、「お邪魔します」と靴を脱いだ後、総一郎へ尋ねると、彼は、「あー」と間の抜けた返事をする。
「たぶん、トレイかもしれない」
「キッチン、借りますね」
 慎也がケーキボックスを見せると、総一郎が頷く。俊治とキッチンへ進み、ケーキボックスをテーブルへ置いた。キッチンは野菜を切っていたのか、準備の途中のように見える。ウッドデッキから入ってくる風が心地よく、俊治はすでに庭のほうへ誘われていた。
「あ、慎也さん」
 なぜか動揺している洋平の声に振り返った慎也は、彼を見てすぐに理解した。着衣の乱れを気にして、忙しなく服の裾や袖口を引っ張る彼にほほ笑み、ソファへ導く。はねている髪をなでると、洋平が赤くなった。
「野菜の続きするから、休んでていいよ」
 庭から戻ってきた俊治も一目見て気づいたらしく、クーラーボックスを持って入ってきた要司に礼を言った後、洋平に軽いカクテルを作ろうか、と聞いている。キッチンに入った俊治が小声で話しかけてきた。
「川崎さん、絶対わざとですよね、あれは」
 トレイに野菜を移しながら、慎也は苦笑する。

そして3 番外編2

vanish top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -