edge 番外編10 | ナノ





edge 番外編10

 車内で契約書を見直していた一弥は、軽く首を回した。共永会で経営しているKファイナンスで働き始めて、五年ほどの歳月が過ぎていた。営業と回収業務が多いため、外へ出ていることがほとんどで、初めの頃は山中がついてくれていた。Kファイナンスでは主力は個人への融資だが、法人への融資も行っている。知識のない自分に法人部は向かないと貴雄へ打ち明けたが、彼は一弥を法人部へ配置した。
 実際、回収業務を始めてみて、法人のほうが個人よりも回収率がいいことを知った。その分、相手にする人間はひと癖もふた癖もあり、難しいと感じることもあるが、それはそのままやりがいとなる。
 三年ほど経った時、マサのお気に入りの弟分である翔太がオフィスで働くことになった。彼は個人のほうへ回され、一弥について回れないことを残念がっていたが、社内へ戻れば同じオフィスのため、よく一弥に与えられている個室へ顔を出している。個人のほうは、やはり回収に難が多く、翔太も厳しくなった規制に触れないようぎりぎりで脅迫をかけている、と話をしていた。
 一弥は自分が個人を相手にできない理由を分かっていた。市村組の敬司が言った通り、自分は貴雄以外に目を向けないほうがいい。外回りをしている時、まともな仕事をしている気になるが、接待やあるいは共永会の人間として動いている時は冷徹にならざるを得ない場合もある。
 共永会の者達を始め、周囲からは独特の風韻を漂わせていて、芯の強い人間だと言われているが、実際の一弥は脆かった。オフィスではたとえ貴雄の前でも涙は見せない。だが、家に帰れば、彼の腕の中で泣くこともある。
 ほんの一ヶ月前、共永会として取引している法人企業からの接待があった。貴雄は都合で顔を出せず、もともと一弥が担当している法人だったため、下の者達を数名連れていった。余興として出てきた男の愛人は、おそらくアナルにおもちゃでも入れられているのだろう。不自然な動きで、泣きながら、一弥達の杯を満たした。
 同情は禁物だと言う男の話では、彼は彼自身で借金をして、払えなくなったらしい。情け容赦ない裏の店で働くより、男の愛人になるほうがいいと彼自ら選んだという話だ。仕事の話を交えながら話していると、突然、彼が一弥の足元へすがった。助けてくれ、という彼を見下げて、一弥は表情には出さなかったが、とても困惑した。
 すぐに連れていた部下達が引きはがし、外へと連れ出す。ホスト側の男は青ざめていた。謝罪してくる男の言葉を聞き流した。外へ連れ出された彼は部下達からすでに殴打を受けており、一弥は内心、取り乱していたが、悠然と歩いて、部下達を止めた。腹を押さえている彼の腕を引っ張り上げ、男へ返す。
 これに懲りたら、いちいち余興じみた馬鹿げたものを用意するなと告げた。同時に制裁は受けたのだから、これ以上、男から彼へ罰を与える必要はないと含めておく。
 敬司なら需要と供給の一致だと笑うだろう。一弥が心を痛めたところで、彼を救えるわけではない。貴雄に言えば、彼は一弥に仕事をしなくていいと言い出すに違いない。裏の世界を知り、傷つく一弥を見て、貴雄が気をもんでいることは知っていた。だが、彼と同じ世界に立って、彼の隣にいたいという気持ちは抑えられない。強くありたいと思うのに、弱い自分が嫌になる。
 一度、オフィスへ戻ってから帰宅すると、貴雄から電話があった。
「先に帰ったのか?」
「あぁ、うん。ごめん、そっち、のぞくの忘れてた」
「まぁ、いい。どうせあと一時間は残業になりそうだからな」
「夕飯、作っておこうか?」
 頼む、と言った後、貴雄から電話を切った。一弥はスーツから普段着へ着替えて、冷蔵庫の中を確認する。オーブンの隣のスペースに並ぶ料理本を手に取り、エビチリに決めた。適当に作るのではなく、まずは書いてある分量通りに作るように、と俊治にアドバイスをもらってから、一弥はいつも本を見ながら作るようになった。冷凍庫からエビを取り出し、春雨サラダを付け合わせにしようと準備を始める。

番外編9 番外編11

edge top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -