ふくいんのあしおと 番外編5 | ナノ





ふくいんのあしおと 番外編5

 給湯のスイッチを押した後、朝也はリビングに座っている和信の衣服を脱がせる。彼は大人しい。上半身が裸になると、白い肌があらわになる。ところどころ傷痕はあるが、彼が気にするほどのものではない。
 ジーンズのボタンへ指をかけると、和信の体が震えた。朝也は彼の髪をよけて、額へキスを落とす。
「立って」
 両ひざを立てている朝也の前に、和信が立ち上がる。ちょうど下腹部の位置に視線がいった。だが、下着を脱がせても、やはり目立つ傷はない。
「……岸本さんに」
 和信がか細い声で話し始める。
「もらったオイルでだいぶ消えたんだ。でも、うしろはまだ目立つし、汚くて、見られたくない」
 確かに肩の周辺には傷痕が残っている。朝也は和信のうしろへ手をついて回った。背骨から順番に視線を下に落とし、最後に臀部でとまる。一目で火傷の痕だと分かった。手を伸ばして触れると、彼の体が震える。
「これ……兄貴が?」
 信じられなかった。いくら何でも自分の兄が、ここまでひどいことをすると認めるのが嫌だった。和信が振り返り、あいまいな笑みを浮かべる。
「違う。これは体を売ってた時にできた傷」
 敬也からそういう話を聞いた覚えがある。和信も借金返済のために体を犠牲にしていると言っていた。だが、それは嘘だと思っていた。改めて、和信のことを何も知らないと気づき、朝也は羽織っていたシャツを和信の体へかけた。リビングには暖房があるため、そこまで寒くはないが、彼を隣へ座らせる。
「和信、俺はおまえが体を売ってたなんて知らない。それは嘘だって思ってた」
 違うのか? と目で問うと、和信はシャツを握ってうつむく。
「……ごめんなさい」
 急に震え始めた和信が、聞き取れないほど小さな声で謝罪する。謝罪は体を売っていたことを認めるものだ。朝也はずっとその事実を知らなかった。
「嘘だろ? だって、おまえの、借金じゃ……」
 ゆっくりと沈んでいくような感覚に息が詰まる。出会った頃の和信の状況を把握しないまま、朝也は自分が彼に何をしたか考えた。だが、考えるまでもない。朝也は何もしていない。自責の念にかられる朝也に、かすかに体を揺らしながら、和信が口を開く。
「俺が悪いんだ」
 朝也は体を前後に揺らしていた。思いつめた瞳の色に、朝也は肩へ手を回す。
「俺が、悪いんだ。母さんに、許して欲しくて、でも、許してもらえなかった」
「和信」
 頭を抱え込んだ和信を抱き締めるように引き寄せる。だが、彼は顔を上げなかった。
「母さんの恋人に結婚しないでって言った。敬也にも言った。俺、わがままだ。だから、きっと、罰を受けてる。朝也にも、日本にずっといて欲しいって、言わなかったけど、おまえの人生、ダメにして、俺、次、どんな、罰、うけなきゃ、いけないんだろ……っ、おれ……」
 和信の嗚咽に不釣り合いな電子音が響き、風呂がわいた。朝也はうつむいている和信の顔を手でそっと包み、涙と鼻水で汚れた顔を見つめた。とても三十一歳には見えない。罰を受ける、という話が何に起因しているのか、すべて最初から話をしてもらわないと分からない。火傷の痕は敬也ではないと言うが、朝也はその嘘を見抜いていた。自分を傷つけないためについてくれた嘘を暴くことはできない。
 すべてを聞こうとは思わなかった。本人があえて言わなかったことを聞くのは傷をえぐることになりかねない。代わりに、泣いている和信のくちびるへキスをした。冷えている足の指先を手で握る。
「罰なんかない。これからはずっと一緒にいる。おまえは何も悪くないんだから、自分を責めるな」
 朝也は素早く衣服を脱いで、和信のことを抱えた。

番外編4 番外編6

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