ふくいんのあしおと 番外編4 | ナノ





ふくいんのあしおと 番外編4

 年始に実家へ帰るのか確認され、朝也は首を横に振った。インターネットで見つけた物件のコピーをして、年明けの営業再開と同時にいくつか電話しようと、二人で間取り図を眺めた。
「……け、敬也は実家に?」
「あぁ。戻ってる。何をしてるかまでは聞いてない」
 和信が小さく、「そっか」と言った。手を握ると、彼が笑顔になる。寂しかったと泣いた夜、朝也は岸本から聞いていた彼の母親のことを思い出していた。どんな母親か知らない。だが、和信が金を渡していることは知っていた。
 縁を切ってくれてよかったと思うが、和信にとっては母親だ。寂しいという感情は決して自分と離れ離れにだったからだけではない。母親と分かり合えないまま別れたことが気がかりなのだろう。
 それでも、敬也と同様、母親に会わせるという選択肢はない。金を渡していたという時点でいいイメージはなく、岸本は母親が息子の居場所を見つけられないように、和信の住所を別のところに置いている。当の本人は知らないから、話さなくていいと言われていた。
「和信」
 三年の期限があることを話さなくてはいけない。いつも二人の生活をイメージしてきた。離れていた五年は、自分の和信に対する気持ちが半端なものではないと再認識させてくれた。
 敬也と好みが同じで、さらに歳上の同性にひかれる。だが、千晶の時とは異なる感情だった。それは、今なら救えるという自信からくるものではない。
 敬也から受けた傷なのに体を売っているから、と言っていた。彼をかばい、雨に打たれながら、泣いていた和信を、守ろうと思ったのは確かだ。だが、それ以上に和信を幸せにしたいと思った。この人と一緒に過ごしたい。朝也は和信の手を引き寄せる。
「大事な話がある」
 明かりの下では、和信の瞳は明るいブラウンに見える。彼の瞳は不安に揺れていた。
「実は今回の異動は期間があるんだ。三年後には、またあっちへ戻らないといけない」
 朝也は何となく、和信が一緒に行かないと言うと予測していた。案の定、彼は首を横に振る。アメリカ嫌いとか、そういうことではなくて、仕事を失うことや、言葉の壁、滞在するビザのことを考えているのだろう。
「分かった。じゃあ、三年後を見据えて、日本にいる間に就活する」
「え?」
 朝也は和信の頭をなでた。
「当面は日本支社で働いて、そのままこっちにいられるようねばってみるけど、もし、あっちに戻れって言われたら辞める」
 契約違反になるが、仕方ない。恋人を取ると言い続けた朝也に、サイモンは最終的に折れてくれた。今回も数年越しでねばれば、ずっと日本にいられるかもしれない。いずれにしても三年後の話だ。まだ今は二人の時間を楽しめる。
「和信が正直でよかった。選択、間違わずに済む」
 ほほ笑みかけると、和信は泣き始めた。
「まちがえ、てる。おれのこと、いいから、ちゃんとすすん、まえに、すすんでっ」
 殊勝なことを言う和信を押し倒したくなる。押し倒して体をつなげれば、朝也自身も彼がやっと自分のものだと確信できる。だが、朝也はこらえた。
「一緒じゃなきゃ意味ないだろ? それに仕事は選ばなかったら、いくらでもあるけど、和信は一人だけだ」
 和信が大きな嗚咽を漏らした。
「好きだよ、和信。俺がおまえを選んだんだ」
 誰かに重ねたり、負い目からではなく、和信だから選んだと分かって欲しかった。おそらく明日には腫れてしまうまぶたにくちづける。
「風呂、一緒に入ろう?」
 狭くて二人一緒に、湯船には入ることができないが、交代にシャワーを浴びれば問題ない。朝也が誘うと、和信は不安げにこちらを見つめる。安心させるために、抱き寄せた。

番外編3 番外編5

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