ふくいんのあしおと 番外編1 | ナノ





ふくいんのあしおと 番外編1

 チェンマイから国際電話を実家へかけると、母親が嬉しそうに兄である敬也の話を始めた。正月には帰ってこいとほのめかされ、朝也は気のない返事をする。その気がなくても、いったん日本へ戻らなければならない。旅先のルアンパバーンで知り合ったアメリカ人のサイモンは、すでにWG社を退職していたが、朝也の何を気に入ったのか、熱心にワシントンDCへ来いと誘った。
 すでに退職しているサイモンに雇用権限があるのか疑問だが、ルアンパバーンで別れた後も、彼はまめにメールをくれ、日本に帰る気がなかった朝也はこの機会にアメリカへ行く手もある、と思い始めた。
 八つ歳上の敬也は自分に多大な影響を与えたと思う。彼は優等生であり、模範とすべき人間だった。両親は長男である彼を厳しく育てたが、それはすべて期待の裏返しだった。朝也は両親から何かを要求されたことはない。彼からすれば、自分は両親に甘やかされた弟として映るだろう。
 だが、朝也からすれば期待されている兄が羨ましく、両親は自分に無関心なのではないかとさえ思った。実際、大学へは行かないと言った時も、アルバイトで資金を貯めた後、旅に出ると言った時も、両親の反応は薄かった。愛されていないわけではない。旅の足しに、と金を渡してくれた。ただ何か違う、という感覚は幼い頃からずっと持ち続けている。
 敬也は自分のことを敬遠している。嫌われていると思い始めたのは、小学生になってからだ。友達の家へ遊びにいき、友達の兄という存在を知って以来、自分の兄はどうして冷たいのだろうと考えた。

 ほろ酔い気分で千晶の部屋を訪れた朝也は、重たいバックパックを床へ置いた。敬也には秘密だが、千晶とは連絡を取っていた。千晶は敬也の初めての恋人だった。大学進学を機に彼が千晶と別れた後、会うことはなくなったが、旅に出る前に偶然、地元で再会した。あの頃、千晶のことを救えない自分を無力に感じた。だが、千晶はちゃんと彼自身で立ち直り、そして、彼を支え、受け入れてくれる人と出会っていた。
「立派になったね」
 千晶はあの頃と変わらない。朝也は笑いながら、アロマキャンドルを手渡した。
「わぁ、ありがとう。忠志(タダシ)さんも好きなんだ。アロマとかお香とか」
「よく俺が泊まるの許可してくれたよな?」
「信頼の証だよ」
 千晶は自分で言いながら、自分の言葉に照れて笑った。
「そうだ、先にシャワー?」
「いや、兄貴んとこで済ませた」
「そう……」
 敬也から受けた傷痕は残っていないと言っていた。ただ殴られたり、蹴られたりするだけの暴力だったため、内出血程度で済んだと話してくれた。それでも、幸せに暮らしている今でも、千晶は敬也の話をすると、少し苦しそうな表情をする。朝也は敬也のところにいた同居人の話をしようと思ったが、ふさわしくない話題だと判断してやめた。

 朝也が抱いた和信の第一印象は、「ふわふわしてる」だった。少し明るいくせ毛と身長は百七十はあるだろうが、細身で色が白く、いかにも敬也が好む容姿をしていた。千晶も同じように柔らかい雰囲気を持っている。敬也が大学生活以降、恋人を作ったかどうかは知らないが、和信を見た時、彼が敬也の現在の恋人であることはすぐに分かった。
 夜勤明けだと言った和信はベッドで眠っていた。朝也はメールをチェックした後、そっと寝室をのぞいた。眠っている人間の体を勝手に見ようとは思わないが、歩き方がおかしいことには気づいていた。近づいて寝顔を眺めていると、寒いのか、隣へ手を伸ばしている。朝也は隣へ寝転んだ。すぐに彼の体が寄せられる。
 朝也は小さく溜息をついた。似ていない兄弟だと人からよく言われる。容姿も中身も本当に似ていないと思う。だが、共通している部分もあった。隣の温もりを見つめる。可愛い人だな、と思いながら、髪をなでた。

46 番外編2

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