ふくいんのあしおと44 | ナノ





ふくいんのあしおと44

 朝也の言葉に驚いた和信は、思わず彼の腕をつかんだ。
「何、言ってんだ?」
 朝也は和信の両手を握った。
「和信、本当は少しも救われてないくせに、嘘つくな」
 動揺で体が震えた。朝也が泣きながら言い募る。
「俺、好きだって言ってんのに、ちっともこたえてくれない。負い目なんかじゃない、千晶(チアキ)さんが幸せに暮らしてるのは知ってる。でも、和信は幸せじゃない。俺といても、楽しそうじゃない。夜だって、ぐっすり眠ってないし、時々、うなされてる。母親とうまく折り合ってないくせに、会いにいくし、金、渡すし、傷ついて帰ってくんの、見るのが辛い。でも、一緒には来てくれないだろ? なら、ここでおまえと暮らす」
 好きだと言われても、自分の思う好意とは異なると思っていた。だが、今の朝也の言い方では、まるで和信が朝也の好意を蔑ろにしているように聞こえる。和信は鼻水まで垂らして、泣いている彼を見た。感情を素直に出せる彼を羨ましいと思った。
「朝也は、勘違いしてるだけだ。九歳か十歳そこらで、その千晶さんって人が傷ついてるのを見て、すごく悲しかったんだろ。その時、力になれなかった悔しさとか、やるせなさに縛られた。それを解放したくて、今、俺で補完しようとしてるんだ。それに、俺にはおまえが魅かれる要素がない。敬也の暴力で傷ついた俺を見て、庇護欲が生まれただけで、おまえ、本当は俺のこと、そういう意味で好きなんじゃない」
 変な意味ではない、と朝也自身が言っていた。それを思い出させようとすると、朝也が首を横に振る。
「そういう意味で好きだ。俺、おまえを誰かの代わりにしてるわけじゃない。変な意味っていうのは、つまり、千晶さんの代わりにしたり、兄貴のことで負い目を感じたり、そういうことがあるから、おまえを好きになったんじゃなくて……」
 朝也は握っていた手を一度、放して、涙を拭った。
「おまえが行くなって言うなら、やめようと思うくらい、おまえのこと、好きなんだ」
 好きだと言われて嬉しくないはずがない。和信は、朝也と一緒にアメリカに行きたいと思った。あるいは、日本に残って欲しいと思った。もっと時間をかけて、ともに生活していけば、自分はまともな人間になれるのではないかとさえ思った。
「朝也」
 だが、和信は夢見る歳ではない。うまく諦める方法を知っていた。朝也が本気で自分を好きなら、彼にも諦めてもらわなければならない。まっすぐな彼は汚れた自分にはまぶし過ぎるからだ。
「俺のこと、本当に好きなら、六月にアメリカ行け」
 和信が笑みを浮かべて言うと、朝也が息を飲む。たくましい腕に触れ、そっと目を閉じて、彼のくちびるへキスをした。
「待ってる」
 半分、嘘で、半分、願望だった。進めない自分の代わりに、朝也が進み続ければいい。日本へ帰ってくる頃には、自分を忘れてくれたらいい。彼の腕に抱かれて、目を閉じる。何度も何度もキスが降ってくる。和信は泣かなかった。優しいキスを受けながら、このキスを受ける価値すら自分にはないのだと言い聞かせた。
「和信」
 目を開くと、朝也がまぶしい笑みを見せてくれる。
「好きだ」
 和信はただ笑って頷いた。

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