ふくいんのあしおと43 | ナノ





ふくいんのあしおと43

 テレビを見ることはほとんどない。夕食の時は仕事のことや他愛ない話をしていた。食事の後、洗い物をする前に一服していると、先に吸い終わった朝也が洗い物を始める。
「俺、するから」
「いい。ゆっくりしてて」
 和信はじゅうたんの上に座り直した。朝也が休みの日は夜の仕事を入れない。母親にもそのことは話してあり、今日は仕事のメールも入らない。そのことが気持ちを軽くする。体に傷をつけるようなプレイはないが、一度に二人の相手をすることはあった。
 シャワーを浴びる前後は細心の注意を払う。寝室で眠る時、布団は別々のため、朝也が眠ってから、和信は目を閉じるようにしていた。アルバイトのある日は彼のほうが遅いが、和信は寝たふりをしているだけだった。
 今月の給料も来月の給料も十五万に届かず、なかなか家賃や生活費を入れられない。最初に言っていたものの、申し訳なくて、彼に口淫しようとすると、今度ははっきりと断られた。だが、それ以来、接触が増えた。彼はよく体に触れてくる。
「和信」
 朝也が彼の隣を叩く。和信が隣へ移動すると、彼はまた煙草をくわえた。ノート型パソコンを開いた後、一通のメールを見せてくれる。英文で書かれたそれに視線をやり、和信は首を傾げた。
「何?」
 朝也が苦笑しながら、左腕を背中へ回してくる。慣れてしまったのか、最初のうちは反射的に目を閉じていた和信だが、今は彼の太く大きな腕の温かさを覚えてしまい、怖いとは思わなかった。
「……六月に来ないかって言われてる」
 和信はくちびるを噛み締めた。敬也に、「結婚しないで」と言ったように、朝也へ、「行かないで」と言いたくなる。だが、そんな権利を持っていないことは自分が一番よく分かっていた。
「行けば?」
 腰に回っている腕を払う。
「俺はもう大丈夫。別に接触も怖くないし、ピッキングの仕事だけでやっていける」
 視線を合わせて言うと、朝也はしばらく何も言わず、ただ見つめ返してきた。敬也の植えつけた恐怖を、朝也が取り除いてくれた。そう告げても、彼はまだこちらを見ている。
 実際には、和信は少しも進んでいなかった。夜の仕事をした後、金を持って母親のマンションへ行く。彼女の機嫌が悪い時、玄関先で蹴られることがあった。ほんの少し、機嫌を損ねたと分かった瞬間、和信は息を止め、身を丸くする。怖くて動けなくなる。この間、彼女がコンビニへ行っており、平川が出てきた。玄関まで入らなかった和信に、平川は腕をつかみ、中へ引きずり込み、首筋をなめた。和信が抵抗すると、彼は言葉で和信を侮辱した。母親が帰ってきたため、何も起こらなかったが、今はもうあの部屋を訪ねることも怖い。
 だが、訪ねてしまうのは、まだ母親に期待していたからだ。手に入らないと分かっていても、金を持っていけば、彼女は喜んだ顔を見せ、「ありがとう」と言ってくれる。和信は目を閉じて、少し考えてから開いた。
「朝也、俺は、もう救われてる。おまえが救えなかった人も、きっと今は幸せになって、元気にやってる。六月に行けよ」
 笑うことができなかったのは、朝也が泣いていたからだ。彼は大きな涙をこぼしながら、こちらを見ていた。
「行かない……」
「え?」
「俺、アメリカに行かない」

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