ふくいんのあしおと39 | ナノ





ふくいんのあしおと39

 朝也は汗をかいていた。熱い体だった。和信は体の痛みを忘れて、彼を見た。
「軽くなくても、前に進めるだろ。動けないなら、俺が歩いてやる」
 暖房の効いたタクシーに乗せられた。朝也は運転手へ行き先を告げる。彼は怒っているように見えた。だが、実際には怒っていないのだと、髪をなでられた時に分かった。
「もう寝てろ」
 目を閉じても眠ることができなかった。朝也の熱い体温を嫌というほど感じた。彼とはうまくいかないだろうと思う。和信はくちびるを噛み締めた。彼は敬也の弟で、半年先にはアメリカへ行ってしまう。彼に恋するのは愚かだ。
 目を開くと力強い瞳がこちらを見下ろしていた。和信はその視線を受けながら、自分達の違いをはっきりと知った。どれだけ好きになっても報われない相手がいるとしたら、おそらく朝也のようなタイプだ。
 タクシーが停まると、朝也は財布から金を出した。和信は自力で外へ出たが、すぐに彼が抱えてくれる。マンションの一室へ運ばれ、「友達のとこ?」と聞けば、彼は頷く。
「でも、もう出勤してる」
 先ほどまで人がいたのか、室内は温かい。朝也はソファにそっと下ろしてくれた。他人の家ということもあり、ソファを汚せない、と和信は立ち上がる。
「座って」
「ソファが汚れる」
 朝也はミネラルウォーターのペットボトルのふたを開けて、和信へ差し出した。
「ケガは?」
 一口だけ水を飲み、和信は首を横に振る。朝也は溜息をついた。
「顔色、悪い。熱は?」
 伸ばされた手に体をすくませると、朝也のほうも体をすくませた。
「……悪い」
 下からそっと手が上がってくる。大きな手を意識する自分が嫌になる。自分はまた誘っているのだろうか。
「熱があるな」
 奥の部屋から布団一式を運んできた朝也が、暖房から少しずれた場所へそれを敷いた。機敏な動きで救急箱と着替えまで用意して、突っ立っている和信の前に立つ。
「ケガ、見せて」
 和信は朝也に借りているジャケットを握り締めた。
「してない」
「嘘つくな。ちゃんと手当てしないと、治らない」
 優しい物言いだが、嘘つきと言われるのは、和信にとっては辛いことだった。かすかに乱れた呼吸を整えようと口を開くと、言葉の代わりに涙があふれる。
「体、見せたくない……」
 まだアザはうっすらと残っていた。昨日縛られた痕もある。何より、臀部の火傷痕を見られるのが怖かった。アナルからの出血は男を受け入れたと悟られる。彼は敬也の暴力の程度までは知らないはずだ。だが、弟が兄の行為を知って苦しむことより、彼に汚い体を見られることのほうが嫌だった。和信の言葉を受け止めた朝也はかすかに苦笑する。
「何だよ、恥ずかしいのか? 別に、俺は、昨日も言ったけど……その、変な意味でおまえのこと見てないから」
 変な意味とはどういう意味だろう。和信はにじむ視界に一度、目を閉じた。朝也はゲイでもバイでもないと言いたいのだろうか。おそらくそうだろう。だから、和信の体を見ても欲情しないと言っているのだ。否定されたわけではないのに、和信は心を引き裂かれたように感じた。口元を押さえると、朝也が慌てて、肩を抱こうとする。その距離が怖くて、手を振り払い、せき込んだ。

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