ふくいんのあしおと38 | ナノ





ふくいんのあしおと38

 母親に言われて、和信は岸本へ連絡を入れた。彼女は岸本を和信の友達の一人と思っているようだ。電話に出た彼は、和信の携帯電話がつながらなくなった、と心配していた。今日は友達のところへ泊まると告げると、彼は了承した。
「わのぶ君、しばらくここにいたら? 友達だって、ずっと泊まられたら、迷惑でしょ?」
 和信はその言葉に頷く。
「……母さん」
 十四歳の頃の秘密を知っていたのか、と聞きたかった。だが、聞いて傷つくのは和信自身だ。和信は何でもない、と首を横に振り、フローリングの床の上で眠った。
 翌朝、まだ暗いうちに、和信は母親のところを出た。混乱したまま、わけも分からず泣いた。もう十代の子どもではない。ちゃんと自分で判断しなければならない。分かっているのに靴も履かず、何も持たずにふらふらと歩いていた。
 歩くたびにアナルが痛む。何か罰が必要だと思った。臀部のひりつくような痛みを思い、ひどいことをされたら、気持ちが少しは軽くなるのではないかと考えた。
 公園のベンチへ横になり、携帯電話のふくらみに気づく。電話帳から敬也を呼び出した。発信する前に砂の上に落ちていく。
 和信はゆっくりと拾い上げ、発信ボタンを押した。数コールの後、相手が眠そうな声を出す。
「俺、もう嫌だ、け」
 敬也、と呼ぼうとした瞬間、朝也が名前を呼んだ。
「和信、どうしたんだ? 今、どこ?」
 先ほどの眠そうな声はなく、朝也がもう一度、名前を呼んだ。
「和信」
 当たり前のことなのに、名前を呼ばれて嬉しかった。和信は嗚咽を漏らす。
「俺、かずのぶ、だよ……」
 朝也が息を飲む気配がする。
「っ、どこにいる?」
 和信は周囲を見た。公園、と一言告げる。
「和信、迎えにいく。どこの公園なんだ?」
 いらいらとした様子はなく、朝也が優しく聞いた。和信はベンチから立ち上がり、公園の出入口へ向かう。公園の名前を読み上げると、そこから動くな、と言われた。
 一度、電話は切れたが、その後すぐに朝也から着信があった。
「もしもし?」
 朝也はいきなり今日の天気予報の話を始める。彼はそうやってずっと和信に話しかけてくれた。その心づかいが嬉しくて、また嗚咽を上げる。もうすぐ着くから、と聞こえた後、彼はタクシーの運転手に急いで欲しいと言った。
 急がなくていい、と言えたらいいが、和信は余裕がなかった。朝也が自分のために来てくれる。心の底から温かい気持ちがわき上がった。
「着いた!」
 朝也の声が携帯電話から聞こえる。ベンチから立ち上がると、公園の出入口にタクシーと彼の姿が見えた。
「和信!」
 駆けてくる朝也は、徐々に速度を緩める。彼はジャケットを脱いで、和信を包んでくれる。
「おまえ……とにかくあったかいところ、行くぞ」
 何があったのか、聞きたいのをこらえた様子で、朝也が足元を見る。和信は擦りきれた靴下を身につけていた。コートも鞄も財布も忘れてきた。
「朝也、俺、本当は敬也を呼んだつもりだった。敬也なら俺を軽くしてくれる」
 朝也が静かにこちらを見つめ返した。
「軽くならなきゃ、前に進めない……」
 数回しか会ったことのない朝也に何を言っているのだろう、と和信は思った。今までの自分の状況をすべて話したわけではない。彼からすれば、意味の分からない精神論をつぶやいているようにしか見えないだろう。だが、彼はたくましい腕で有無を言わせず、和信を抱えた。和信が驚いていると、タクシーへ向かって歩き始める。

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