ふくいんのあしおと37 | ナノ





ふくいんのあしおと37

 母親が扉を開けた。寒いから早く入って、と促される。胸の谷間を強調するような服を見て、和信は視線を落とした。
「母さん、これ」
 三万五千円が入った紙袋を渡すと、母親はその場ですぐ中味を確認した。
「わのぶ君、ありがとう」
 帰ろうとすると、母親が夕食を一緒に、と言い出す。戸惑っていると、彼女は一度、奥へ入り、手にプリンを持って戻ってきた。
「食後のデザートだってあるのよ? ほら、これ、懐かしいでしょ?」
 昔、風邪を引いた時だけ買ってくれたスーパーで一番高いプリンだ。和信は靴を脱いで部屋へ上がる。平日の夕方はまだ平川も働いており、部屋には彼女だけだった。
「耕二さん、遅くなるから、ゆっくりしてって」
 母親が料理をしている姿など見たことがない。案の定、冷蔵庫の中から出来合いのものを取り出した。
「母さん、俺、さっき食べたとこだから、少なめでいい」
「はーい」
 煙草を吸いながら、テレビを見ていると、学生の頃に戻った気分になる。母親が向かいに座り、二人で食事した。おそらく数えるほどしかないが、それだけによく覚えている記憶だった。
「何、じっと見て……さ、食べて、飲んで」
 グラスのビールに手を伸ばす。まだ仕事は決まっていないが、面接には行っていると話をした。母親は頷き、ビールをすすめてくる。変だ、と違和感を覚えた時には、二杯目を飲み終えていた。携帯電話が鳴り、岸本からだと確かめる。出ようとすると、手から滑り落ちた。
「……ん」
 目がかすんだ。強烈な眠気を感じる。和信は母親のほうを見上げた。彼女はじゅうたんに落ちた和信の携帯電話を拾い上げて、電源を落としている。
「あ……かあ、さ」
 眠くて目を開けていられない。暗闇が広がった後、和信は母親と誰かが話す声を聞いた。しばらくすると、体を抱えられる。車の中に移動したのは分かった。次に意識が戻った時、和信は目隠しをされていて、自分がどこにいるのか見当もつかなかった。
 大きく足を開いた状態で、物音に声をかけても、返事はない。だが、誰かいるようだった。声を出したせいなのか、その誰かが口をガムテープでふさぐ。鼻から漏れる息がしだいに上がり、和信は状況を把握できないまま、ペニスへ触れた男の手を感じた。
 無意識に涙があふれる。怖いなんてものではなかった。初めて強姦された時のことと敬也に無理やり抱かれた時のことが思い出され、和信はパニックに陥っていた。腕も足も固定されていて、動かせない。男の指先が冷たい潤滑ジェルとともにアナルへ入ってくる。
「っ、う……う、ぐ、んーっ」
 助けて、と心が叫んだ。だが、誰も助けてくれない。男のペニスがアナルを突き刺す。あの時と同じだ。痛くて、苦しいのに、おまえだってこうされたいと思っただろうと言われた。おまえが悪いと言われた。
 傷ついても、進み続けるしかない。そう言ったのは岸本だ。和信は大したことではない、と思い込もうとした。失敗したのは一時間経過した時に、部屋の扉が開き、平川と母親の声が聞こえたからだった。
「お客さん、一時間経ったよ」
 嫌だ、と心が拒絶する。目隠しを取る母親の指先を感じて、和信はうめいた。知りたくない。目の前が明るくなる。どこかのホテルの一室だった。平川は万札二枚を財布へしまい、和信の足首を縛っているビニール紐を外す。母親は手首のほうを外した。
「和信、最初からこうしてたらよかった。あんたは男に抱かれるのが好きで、それで金を稼げるじゃない」
 母親はわざと、「かずのぶ」と呼んで、ガムテープも外した。
「初体験はあの男よね? 十二年もムダにしたわ。二十六なんてもう若いって言えないもの」
 和信は自分の心が大きく歪むのを感じた。
「……かあさん、おれ、やくにたってる?」
「これから役に立つの。さ、ベッドから下りて」
 涙が頬をつたうと同時に、内腿へも血が流れていく。進みたくない。もうこれ以上、進みたくない、と和信は目を閉じた。

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