ふくいんのあしおと36 | ナノ





ふくいんのあしおと36

 給料を手にした和信は、朝也と駅前のファミレスで待ち合わせていた。ちょうど昼時だったため、ホットサンドウィッチを注文して食べていると、朝也が入ってくる。彼は笑った。
「ケチャップ、ついてるぞ」
 和信が右手の指先で右頬をなでていると、朝也が左頬をなでた。彼の指先にはケチャップがついている。ペーパーナプキンで拭った後、彼は向かいに座った。
「俺も何か食べようかな……」
 メニューを開いた朝也を見て、店員がやって来る。
「エビピラフとミニグラタンのセットで。食後にコーヒー持ってきてください」
 一週間ぶりくらいだが、もっと長い間、会っていない気がした。和信は先に封筒に入れている五万円を朝也へ渡す。
「敬也に今月分の家賃、渡してくれる?」
 朝也は受け取らない。
「別にいらないんじゃないのか?」
「いや、今月分は払わないと俺の気が済まない」
 和信の瞳を見て、朝也は小さく、「渡しとく」と受け取ってくれた。運ばれてきたエビピラフを食べながら、彼がビザの話や仕事の話を持ってきたアメリカ人の話を始める。まったく知らないことだったため、和信は興味深くその話を聞いた。
 朝也も和信の話を熱心に聞いてくれる。岸本のところにいつまでもいるわけにはいかず、仕事の面接にも何度か行った。なかなか結果は出ないが、二月中にはアルバイトでも何でもいいから仕事を始めなければならない。あせる気持ちを岸本に見透かされて、彼は無期限で住めばいいと言ってくれた。それでも、その厚意をそのまま受け入れるわけにはいかない。
 あっという間に二時間ほどが経ち、和信は伝票を持って立ち上がる。
「あ、俺が払う」
「いい。年長者として、俺が払うから」
 和信がそう言うと、朝也は、「割り勘にしよう」と先に千円札をキャッシャーのある台へ置いた。和信は苦笑して、「次はおごる」と返す。
「いつ頃、向こうに?」
「たぶん七月くらいだと思う」
「それまで、実家?」
「いや、友達んちに居候してる。大使館までアクセスしやすいんだ。和信は?」
 一瞬、立ち止まると、朝也が続ける。
「岸本さんとこ、いつまで?」
「……本当はすぐ出たいけど、仕事、見つからないし、見つけても、すぐに給料出るわけじゃないし、正直、悩んでる」
「そっか」
 朝也は何か言いたそうに口を開き、それから、道の脇に少しだけ寄った。
「俺、もしアメリカ行かないなら、一緒に暮らそうって提案してた」
「え?」
 和信が驚いて、朝也を見上げると、彼ははにかんだ笑みを見せる。
「変な意味じゃなくて……」
「……うん」
 和信の携帯電話が鳴り、和信は朝也から視線を移した。母親からの電話だ。
「ごめん、母さんからだ」
 母親とは今夜、部屋に寄ると約束していた。キャッシングの金と生活費を少しだけ渡さなければならない。岸本へは三万を返そうと思っていたが、彼が受け取ったのは二万だけだった。敬也へ家賃の半分を渡し、後は諸々の料金を払ってしまえば、自由の利く金はかなり少ない。
「母さんのところに寄るから」
 電話を終えた後、朝也へ言うと、彼は頷いた。
「また連絡して。あ、そうだ、忘れてた。これ、おまえ宛ての」
 郵便物を渡された。派遣会社からのものもある。
「ありがとう」
 朝也が乗る電車が先に来る。和信は彼を見送ってから、反対側のホームへ回った。金を持っていくと言った。約束を破ったことはないのに、早く持ってきて欲しいと急かされて、いい気分ではなかった。

35 37

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -