ふくいんのあしおと34 | ナノ





ふくいんのあしおと34

 時間を稼ごうと、ホットコーヒーを注文する。煙草を吸い終わる頃、携帯電話が鳴った。場所を告げると、コートを着た敬也が入ってくる。ちょうど店員がコーヒーを運んできた。
 和信は一人で会うことについて問題ないと思っていたが、敬也を見た瞬間、心臓が痛くなった。アザは薄くなり、火傷も時々痛むが、座ることができるようになった。公衆の前だから、いきなり殴られる心配はないと思っても、実際に彼が目の前に座ると、指先が震えた。
「久しぶり」
 敬也は少しやつれていた。端正な顔にかすかな笑みを浮かべている。
「和信?」
 言葉なく、敬也を見返していた。感傷的な気分になる。正社員の話が出た時、彼はともに喜んでくれた。それなのに、会社をクビになった原因を作ったのは彼だ。もう愛せないと思う。だが、彼をこのまま放っておけないとも思う。
「俺……」
 どう切り出そうか考えていると、店員の声とドアの開く音が聞こえる。朝也の姿を見た時、和信はとても安堵した。
「悪い。兄貴も何か注文した?」
 朝也は自然に和信の隣に座り、それを見た向かいの敬也が顔を引きつらせた。
「いや、まだ何も」
「すいませーん、ホットコーヒー二つ」
 和信が朝也へ視線を移すと、彼は走ってきたのか、呼吸は乱れていないが汗をかいていた。トレーナーを脱いで薄いTシャツだけになる。目が合うと彼は笑った。鋭い視線を感じて、敬也を見る。彼は、「何?」と口だけ動かした。首を横に振ると、コーヒーがテーブルへ並んだ。
「兄貴、俺、もう一回Kファイナンスに行って確かめたけど、やっぱり和信に借金はなかった」
 朝也の言葉に敬也は和信を見た。
「……また嘘ついたってことか?」
 和信がたじろぐと、朝也が咎めるように、「兄貴」と声を出す。
「最初から、自分の借金だって言ってたのか? 兄貴の早とちりの可能性もあるだろ?」
 テーブルの下で、敬也の足が和信の足を蹴った。彼は足を軽く踏みつける。踏みつけた後、まるでペニスを愛撫するように動いた。
「あ、と、朝也、俺、敬也と二人で話したい」
「ダメだ」
 朝也は毅然とした態度で、敬也を見つめる。
「兄貴のこと信頼してる。でも、二人きりにするわけにはいかない」
「それは信頼してるってことじゃないだろ」
「してるよ。だから、兄貴も俺を信頼して」
「どういう意味だ?」
 和信は朝也が泣きそうな顔になったのを見て、そっと彼の手を握った。敬也からはおそらくテーブルで見えない。朝也が一瞬だけこちらを見て、くちびるを噛み締める。
「昔から恋人に暴力振るってただろ? ストレスでそういうことするなら、一回実家に帰って心身ともに休めたらっ……つ」
「敬也!」
 まだ冷めていないホットコーヒーを被った朝也が目を閉じて、手の甲で擦る。和信は驚いて立ち上がった。
「敬也、何してんだよ!」
 敬也は怒りをあらわにして、テーブル越しに和信の腕をつかんだ。
「こいつは俺を精神病患者みたいに扱った。怒って当然だろ? おまえも、何だ? しがない正社員より、アメリカ企業に就職できる男がいいんだろ? さっそくしゃぶってやったのか?」
 朝也がテーブルを叩いて、立ち上がる。周囲の視線を痛いほど感じた。

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