ふくいんのあしおと31 | ナノ





ふくいんのあしおと31

「平川の借金五百三十二万円は十二月の時点で俺が立て替えた」
「え?」
「おまえのペースで俺に返せばいい」
 和信は鼻の奥から突き上がってくる心地よい痛みを感じた。
「こ、ここまでしてもらう、りゆうが、わかりません」
 泣きながら言うと、岸本がやくざとは思えない発言をする。
「善行に理由なんかいらないだろ」
 驚いた後、和信が笑うと、岸本がテーブル越しに身を乗り出して言った。
「それに、うちには損が出ない。もし、平川がおまえの母親と切れたら、あいつに利息も含めて全額払ってもらう。おまえには悪いが、二人が別れる確率は高い。それまでおまえから吸い取って、その後はあいつから五百三十二万プラス利息分、きっちりもらう」
 煙草に火をつけた岸本は、「なるべく多く払えよ」と言った。だが、和信にはそれが本心ではないと分かる。軽く片目を閉じた彼が子どもみたいな笑みを浮かべて、キッチンにいる同居人を見た。同居人は背中を向けていた。
「はい」
 返事をすると、岸本が煙草をくれた。和信が払い続けても平川の借金が減ることはない。和信が払う分は利息のさらに利息のようなものだ。岸本は、「あまり真面目に払わなくていい」という意味を込めて、反対のことを言ったが、和信はちゃんと払おうと思った。ここへ置いてもらっているだけでも、十分謝礼を払うに値するだろう。

 敬也ではなく朝也に会うことにしたのは、メールの添付写真で派遣会社と職場へ送られたものと同じものを受け取ったからだ。怒りよりも、暴力を振るわれた恐怖が先に立った。
 朝也から敬也の様子を聞いて、会えそうなら会って、話をしようと思っていた。岸本に言われた通り、Kファイナンスのオフィスにある会議室で待ち合わせる。雨で濡れた服はすべて、岸本がクリーニングに出していた。戻ってきた服はふわふわと心地よく、自分の服ではないように感じた。
 ノックの後、男に連れられて、朝也が入ってきた。今日は髪を立ち上げていないが、もともと短い髪のため、いつもと同じに見える。相変わらず、コートもなく、寒そうな格好をしていた。だが、本人はいたって健康そうな小麦色の肌と力強い瞳を輝かせている。
「和信」
 朝也は瞳をうるませていた。たった二回会っただけで、まるで長年の親友に再会したみたいな態度を取る彼に、和信は思わず笑いそうになった。
「ごめんな」
 朝也が謝る必要などないのに、彼は腰を落として頭を下げた。
「兄貴と話してみて分かった。あのケガ、兄貴なんだろ?」
 和信は否定するつもりだった。できなかったのはメールに添付された写真のことを思い出したからだ。くちびるを噛み締めてうつむくと、「借金のことも」と朝也が言葉を続ける。
「岸本さんから、おまえの借金じゃないって聞いた。そのこと、兄貴にも言ってくれたけど、信じてなくて」
「……それは俺からちゃんと話す。この件は敬也と俺の問題だから」
 右の拳を握り締めて、左手で包んだ。
「君が謝ることじゃない。俺のことは気にしなくていい」
 視線を上げると、朝也は今にも泣きそうな顔をしていた。どうして彼が彼自身を咎めるのか分からず、首を傾げる。
「俺が帰国したからだ」
 朝也はキャスター付きの椅子に、力なく腰を下ろした。彼はまっすぐこちらを見ながら、途切れ途切れな昔話を話し始める。

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