ふくいんのあしおと29 | ナノ





ふくいんのあしおと29

 目を閉じていると、電話を終えた岸本が服を着替えるよう促す。
「着替えも濡れてるから、このままでいいです。俺、必ず仕事見つけて、滞ることがないようにします。だから、母さんには……」
 そっと岸本を見上げると、彼は溜息をついた。
「和信、その話は今はしなくていい。悪いようにはしないから、まずは体を治そう、な?」
 おそらく五つ程度は歳上だろうが、子どもに聞かせるような言い方に思わず、「うん」と頷いた。すると、彼は笑って、重い鞄を肩へかける。
「一弥さん」
 二人の男達が駆け足でやって来る。一人は上野で、もう一人は会ったことがない男だった。
「悪い。下まで肩、貸してやって」
 岸本が頼むと二人が、和信へ肩を貸してくれようと手を伸ばす。恐怖を感じて目を閉じ、大判のタオルで顔を押さえた。
「あ、悪い、やっぱこっち持って。和信」
 上野へ鞄を渡し、岸本が抱き上げてくれる。上野達の視線を感じて、羞恥から目を閉じた。
「まずくないっすか?」
「新家沢に連れてく話はしてる」
「いやいやいや、その抱き方、貴雄さんに怒られますよ」
 上野の言葉に岸本は、「おまえらが言わなきゃ、ばれないから大丈夫」と返した。エレベーターから駐車場へ移動して車へ乗り込むと、静かに発進する。
「俺の家に行く。同居人がいるけど、部屋はあまってるから遠慮も心配もいらない」
「……どうして、俺なんかによくしてくれるんですか?」
 岸本は柔らかな笑みを浮かべる。
「これはある意味、俺自身の成長のためでもあるんだ。おまえは何も気にしなくていい。だいたい、おまえの借金じゃないだろ」
 もう寝てろ、と言われ、和信は目を閉じる。眠ることはできなかったが、目を閉じているだけで呼吸が楽になった。
 車が地下駐車場へ入り、また岸本へ抱えられエレベーターへ乗る。一気に最上階まで上がると、護衛が二人、立っていた。
「ただいま」
 岸本が声をかけると二人は黙礼する。引き戸の格子扉を開き、指紋認証を終えると、ようやく扉が開く。
「よいしょっと」
 広い玄関に立たせてくれた岸本が、屈んで靴を脱がせてくれる。
「じ、自分でできます」
 廊下の奥から朝也並みに大きな男が現れた。
「あ、貴雄、彼が多田和信君。和信、同居人の貴雄」
 貴雄と紹介された男は特に何も言わず、頭を下げてあいさつした和信に頷き、そのままリビングダイニングへと向かった。和信は岸本に急かされ、彼らの後に続く。リビングダイニングの広さに圧倒される間もなく、寝室が並ぶ廊下の向かいの扉が開いた。
「ここ、いちおう客室だから、ここを使って」
 岸本が上野達から受け取っていた荷物を置いてくれる。ダブルベッドは真っ白なシーツで覆われ、自分が寝転ぶには上等過ぎると思った。
「もうすぐ医者が来てくれる。あ、このクローゼットに新しいシャツとパンツくらいは入ってるから、その濡れた服は着替えろよ」
「ホテルみたいだ……」
 岸本がその一言に笑い出す。
「とにかく、今は寝て、体を治せ。分かったな?」
 頷くと、岸本が出ていき、一人きりになった。まだ座ることは辛いが、ふかふかのベッドへ腰を下ろすと、視界がにじむ。敬也のことや母親のことを、今だけは考えなくない。和信は濡れた服を脱ぎ、全裸になると、彼が見せてくれたクローゼットから衣服を取り出した。それを身につけて、毛布と布団を被って目を閉じる。

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