ふくいんのあしおと27 | ナノ





ふくいんのあしおと27

 雨でびしょ濡れ状態の和信を見た母親は、すぐに中へ入れてくれた。タオルを渡され、玄関に立ったまま、顔や髪を拭く。心配そうにこちらを見ている彼女を見て、和信はアザを見せたら、もっと心配してくれるのではないか、と考えた。
「何、じっとこっち見て。お金、持ってきた?」
 雨に濡れないように入れていた金を取り出す。その紙袋をひったくるように取った母親が中身を数えた。
「五万かぁ……」
 落胆した声に和信の体が震える。期待にこたえられていないということは失望させているということだ。
「……足りない?」
 和信の問いかけに、母親は首を横に振る。
「うううん。全然、大丈夫。二十五日のキャッシングの分は別だよね?」
「……うん」
「耕二さんのほうは?」
「……大丈夫」
 母親が安堵するのを見て、和信も安堵した。
「あ」
 母親が驚いた声を出す。
「ちょっと、わのぶ君、鼻血が出てるわよ」
 母親の手が和信の手をつかみ、持っていたタオルで鼻を押さえてくる。
「顔も赤いし、風邪? そんなに濡れて、傘はどうしたの?」
 名前を呼ばれなかったが、心配されたことがとても嬉しくて、和信は調子に乗ってしまった。慰めてもらえるかもしれないと期待してしまった。
「母さん、俺、疲れた」
「今日は休みなの?」
 少しだけ迷った後、和信は仕事をクビになったと告げた。告げてから、後悔した。母親の表情が硬くなっていく。
「え、正社員になれるって言ってたのに? じゃあ、どうやってお金、稼ぐの?」
「すぐに仕事、見つけるから。来月の給料もちゃんとある」
「はぐらかさないでよ! 正社員になるっていうのは嘘なの? 私のこと、だました?」
 喚き声は高いトーンだった。和信は思わずタオルで顔を覆う。嘘つきだと言われて、力なくその場にひざをついた。鼻からだけではなく、口からも血が出てくる。
「わのぶ君はいっつもそう!」
 顔を上げると、母親が怒鳴った。
「私の彼氏を誘惑したくせに、被害者みたいな顔してたよね?」
 吐血したのは疲労と心労からだった。タオルで鼻と口を押さえて、和信は左手を伸ばす。ごめんなさい、と視線で訴えた。だが、母親はその手を払う。
「立ってよ。そこで寝られたら、私、運べないじゃない」
 母親に促されて、和信は立ち上がる。
「血、つけないで」
 和信はタオルで床に落ちた血を拭いた。壁づたいに歩きたいが、手に血がついているかもしれないため、ふらふらとした足取りで中へ入る。本当はここにいたくないが、とても歩いて帰れそうにない。休ませてくれるだけありがたかった。
「そこに寝て」
 リビングのフローリングの床の上に横向きになる。暖房が入っていたが、寒くて震えていると、母親が毛布を持ってきてくれた。
「かあ、さ、ごめ、ん」
 母親はこたえず、奥のほうへ消えた。目を閉じても痛みと寒さで眠れない。彼女はしばらくすると、着替えを終えて、和信が渡した金を財布へ入れ始めた。こちらを見ることもなく、扉が閉まる音だけが響く。
 やはり母親は知っていたのだ、と思うと、新しい涙があふれた。強姦されたことは言えない。彼女を傷つけた罪は自分一人で背負わなければならない。不意に岸本が言っていた言葉を思い出す。こんなことと引き換えにしても欲しいものなんて手に入らない、と彼は言ったが、和信には今はっきりと分かった。どんなものと引き換えても、彼女からの愛を自分が欲しい形で得ることはできない。和信は震えながら目を閉じた。

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