ふくいんのあしおと25 | ナノ





ふくいんのあしおと25

 朝也は大きな溜息をつくと、パーカーのポケットから煙草を取り出した。
「待って!」
 和信が腰を浮かして叫ぶと、朝也が首を傾げる。
「敬也、煙草嫌いなんだ」
 その言葉に朝也が納得して煙草をしまった。彼の瞳が揺れる。窓に雨が当たり始めた。
「あー、和信」
 朝也が太い腕をどんっとテーブルへ置いた。その動きだけで暴力を連想した和信は体を震わせる。
「借金とかあるのか?」
 どうして朝也がそのことを知っているのか分からず、彼を凝視する。それでは借金があると言っているようなものだ。彼は、「そっか。あるのか」と視線を落とした。
「兄貴が一千万、くれって親に頼んだんだ」
 言葉の意味をすぐに理解できない。朝也がうかがうようにこちらを見た。
「面倒を見てる同居人に脅されてて、その同居人が抱えてる借金を肩代わりしたら、兄貴のこと解放してくれるって言ったって」
「……ごめん、意味が、分からない」
 ショックを受けているのは和信のほうなのに、朝也もとても辛そうな表情を見せた。
「うちの両親、昔から俺には甘くて兄貴には厳しいんだ。厳しいけど、兄貴のこと誇りに思ってる。俺がかなり自由にしてきたせいか、兄貴は兄貴なりにコンプレックスがあると思うんだけど、今回、俺がこっちに帰ってくるせいで、あせったんだろうな。本当は結婚なんかしたくないくせに、見合いしたんだ」
 窓に当たる雨がいっそう激しくなる。
「俺より先に結婚して孫の顔を見せれば、両親の関心を引けると思ってるんだ……俺より優位になるって……馬鹿だよな?」
 朝也はそう言って苦笑する。
「結局、正月に帰ってきて、親に結婚できないって言った。同居してる……」
 聞きたくないと思った。耳をふさぎたい。目が熱くなり、涙がそっと頬を流れていく。
「同居してる同性愛者の男につきまとわれて、彼女と結婚するなら死ぬって脅されたって言ったんだ」
 朝也は泣いている和信を見て、口をつぐむ。和信は嗚咽を漏らした。混乱する。結婚しないで欲しいと思っていた。その後も関係を続けると言った敬也に怒った。敬也への愛がなくなったわけではない。優しい彼は今でも好きだ。だが、いったいどうすればいいのか分からない。今の本当の状態を誰に相談したらいいのだろう。和信はにじんだ瞳で歪む朝也を見つめた。
「今日、俺じゃなくて両親がここへ来ようとしてたんだ。父も母も兄貴の言い分を信じてる。借金の話は本当なんだな。でも、脅迫したのか? 俺の印象じゃ、おまえはそんなことする人間には見えない」
 最後の朝也の言葉は、和信の心を少しだけ軽くしてくれた。敬也が話したのは、自分達が恋人同士であるという事実ではなく、自分が彼に迫って、関係を強要している同居人であるということだ。嘘でも事実でも、それが手切れ金だと言われても、彼らから金を受け取ることはできない。和信はここへ出ていく時だと思った。これ以上、敬也と一緒にいたら、彼も駄目にしてしまう。
「……脅迫、した。結婚して欲しくなかった。でも、お金はいらない。すぐに出てくから」
 和信は寝室のクローゼットから鞄を取り出した。そこへ衣服を詰めていく。もともと、彼女が来ることがあったため、私物はこの中に入ったままの物が多い。合鍵を朝也へ差し出すと、彼はとても不審そうな表情をしている。
「俺が口出すことじゃないけど、何か……納得できない」
 朝也は合鍵を受け取らず、玄関へ続く廊下に立って、和信の行く道をふさいだ。

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