ふくいんのあしおと23 | ナノ





ふくいんのあしおと23

 マフラーを巻き、コートを着た和信は部屋から出て、エレベーターのボタンを押した。敬也はいつもの時間に出社し、和信は午前中いっぱい眠っていた。それから、派遣会社の担当へ連絡すると、すぐに来いと言われた。和信はまだ歩くことすらままらならず、腫れはおさまったものの、暴行を受けた部分はひどく痛んでいる。
 できることなら電話で、と思ったが、「四月からの正社員の話はない」と言われては、派遣会社まで行くしかなかった。心を落ち着かせるため、一本だけ煙草を吸ってから歩き出す。
 電車は空いていた。和信は座りたかったが、臀部の火傷も痛むため、座ることはできない。立ったまま、流れる景色を見て、正社員の話がなくなった原因を考えた。敬也が写真を送った以外の理由を必死に考えた。だが、結局それしか思い至らず、叫びそうになる自分を抑えた。
 契約更新の話すら電話で済ませることが多いため、派遣会社まで来るのは久しぶりだった。和信の顔を見た担当がかすかに笑う。その笑みの意味に気づき、和信はもう部屋へ戻りたくなった。新年のあいさつの後、ブースへ入り、椅子をすすめられる。座ることに抵抗はあったが、座らなければ余計に邪推されるだろう。和信はコートとマフラーを脱ぎ、そっと座った。
「言わなくても分かるよね?」
 テーブルの上に並べられた写真に、和信は拳を握った。
「差出人は不明だけど、向こうにも送られてきたらしくて、まぁ、多田君の私生活についてどうのこうのっていうんじゃないけど、こういうの、送られちゃうってことは、誰かに恨み買ってるんじゃないの? で、そういう人間を正社員には、ってなっちゃってねぇ」
 和信は涙をこらえた。
「……このまま三月までってことですか?」
 少しの間の後に、担当は苦笑いを浮かべた。
「多田君は、男の俺から見ても可愛いと思うよ。巡回とか行くとさ、暗いサーバールームの中に入るよね。あそこは結婚してる社員さんが多いけど、そういうところで、何かあっても責任持てないけど、大丈夫? 多田君がどうしても三月までって言うなら仕方ないけど、ほら、二十日くらい有給残ってたし、今月いっぱいで使いきるっていう手もあるよ?」
 自主的な解雇を求められ、和信は頷いた。それ以外に方法がなかった。テーブルの上の写真を集めて、立ち上がる。コートが重くてよろけそうになる。和信は会社に出入する人間達からの好奇な視線を感じて、エレベーターに入った瞬間、嗚咽を漏らした。
 これからどうやって返済すればいいのかということではなく、正社員にすらなれず、仕事を失ってしまったことを母親へどう言えばいいのか分からなくて泣いた。失望される。母親を困らせて、悪い子だと言われる。
 電車の扉付近に体をあずけ、和信は流れる涙を拭った。何とか部屋まで帰りつくと、その場でマフラーもコートも脱ぎ、上のシャツだけになる。火傷の水膨れが破れて、うっすらと下着が汚れていた。それも脱ぎ、写真を手にベッドへうつ伏せる。異なる角度から撮られたいずれの写真も、和信が男性器を口に含み、恍惚とした表情を浮かべているものだ。
 これを撮影できる人間は一人しかいない。枕に顔を沈め、和信は泣き続ける。いつの間にか眠っていた。物音に目を開けると、玄関に置きっ放しだったマフラーとコートを持った敬也がクローゼットを開く。
「クビになった?」
 敬也が嬉しそうに尋ねる。
「あんな男ばっかりの職場はおまえには向かない。それに、おまえなんかが正社員なんておかしい。まさか、体を使って正社員にしてくれって頼んだのか?」
 今度は怒りを含んだ口調だった。和信は涙で腫れた顔を上げる。敬也がこちらを睨んでいた。
「どうなんだ?」
 違う、と言ったつもりだった。ベッドから引きずり出されて、腹を蹴られる。ここ数日、ほとんど何も食べていない。胃からせり上がったのは胃液だけだった。

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