ふくいんのあしおと21 | ナノ





ふくいんのあしおと21

 敬也とのことも同じだ。逃げないおまえも悪い、と言われるだろう。和信はうつろに敬也を見上げた。顎をつかまれ、口元に残したビールを注がれる。顔をそむけても、冷たい液体は顔中に飛び散り、髪を濡らした。目に入ると染みて、涙があふれる。
「や、け、や、やめっ」
 どんなに顔を動かしても、ビールの雫を避けることはできない。やがて、空になると、敬也は和信の体をうつ伏せた。
「早く言え。あいつと寝たんだろ? ただ謝るだけなら、馬鹿でもできる。ちゃんと自分のしたことを認めて謝罪しろ」
 寝てない、と言うと、思いきり尻を蹴られる。ビールの水溜まりに頬が滑った。敬也がキッチンからフライパンを持ってきて、和信の背中に腰を下ろす。フライパンは何度も和信の臀部を直撃した。
「おまえが誘ったんだろ? 俺達のベッドの上でよりにもよって弟と寝るなんて、裏切りだよな? なぁ、和信、裏切ったんだよな?」
 男のくせに暴力に屈するのか、と戦おうとする自分と、もう楽になりたいと泣いている自分がいる。裏切らないでね、と言った母親の姿が脳裏に浮かんだ。
「……うらぎって、ない、うっ、ら、あ」
 無意識にそう口にした。敬也が背中の上から足元へ移動する。ビールと涙で濡れた顔は冷たいが、首から下は暴行を受けて熱くなっていた。特に臀部は腫れ上がっているかのように熱い。和信は、「裏切っていない」と「ごめんなさい」を繰り返した。敬也は手を止めることなく、和信の下を脱がせる。それから、赤く腫れた臀部に手を置き、左右に押し広げた。
「っああ、や、いたっ、いたいっ」
 敬也のペニスがアナルへ突き刺さる。
「お前が誘ったんだろ?」
 後頭部を押さえられた。敬也が腰を動かすたび、アナルの中で鋭い痛みが発生し、すべての穴を閉じられ、生き埋めにされたような息苦しさを覚える。違う、と言っても、彼は聞かない。
「裏切ったんだ。おまえが裏切った」
 母親の声で、「わのぶ君、ひどいよ」という幻聴が聞こえた。誘っていた、と言われれば、実際にそうだった。彼は初恋の相手で、母親に内緒で何度もドライブした。校門前に車が停まっているのを見つけると、嬉しかった。彼女と結婚しないで、と言った。本当は、許しを請う権利すらないのかもしれない。金で彼女に償おうとしている。敬也からの暴行を罰だと考えている。向き合わずに逃避し続けている。
「ご、め、なさ、らぎ、うらぎって、ごめ、なさい」
 敬也の動きが速くなり、そのまま中で射精される。和信は糸が切れてしまった人形のように、尻だけ突き出す格好から動けない。
 ライターの音に視線を向けることもできない。甘い香りがした。ガラスの中で溶けたキャンドル蝋になり、和信の臀部へ落ちてくる。
「罰が必要だよな?」
 落ちた蝋は痛いくらいに熱い。だが、しだいにじんわりとした鈍い痛みへと変化した。和信の口からはもう短い悲鳴と謝罪しか出てこない。意識が途切れたのは突然だった。

 尿意を感じて目を開けると、まだ暗闇の中にいた。和信は起き上がろうとしたが、体がまったく動かない。手首には掃除機のコードが巻かれたままで、濡れた髪からはビールのにおいがした。
「け、いや……」
 ベッドで眠っている敬也を呼ぶと、彼が動く気配があった。電気スタンドがつくと、眠そうな顔をした彼がベッドの上から下をのぞく。
「けい、さむい……いたい」
 敬也はベッドから出ると、和信の手首を拘束していたコードを外してくれた。
「反省したか?」
 和信は小さく頷いた。敬也が苦笑して、指の腹でくちびるをなでてくる。
「シャワー、浴びないとな」
 中途半端にひざで止まっていたジーンズを脱がせてくれた敬也が、和信の体を抱えた。全身の痛みに声を上げそうになる。だが、和信はくちびるを噛んだ。彼の機嫌を損ねることが、とても怖かった。

20 22

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