ふくいんのあしおと20 | ナノ





ふくいんのあしおと20

 朝也を見送った後、和信はリビングへ戻り、アロマキャンドルをテーブルへ置いた。使い終わった食器を流しへ運んでいると、敬也が玄関から戻ってくる。
「け……」
 敬也、と呼びかけたかった。だが、彼の鋭い視線に口を閉じる。何をしてしまったのだろう。和信の視線がテーブルをさまよう。プルタブの開いた缶ビールが汗をかいていた。彼が飲んでもいいと言うから、一口飲んだだけだ。
「和信はさ、何でそうなんだろう?」
 敬也が距離を詰めてくる。
「ごめん」
 少しずつ後ずさりながら、和信が謝ると、敬也の手が肩をつかむ。その場へ押し倒される形になり、和信はとっさに顔を腕で隠した。だが、思っていた衝撃はなかった。代わりに、優しく胸の上をなでられる。
「話した」
 敬也は和信の腕を取る。
「親におまえのこと話した」
 その言葉に和信は強く閉じていた目を開けた。敬也はこちらを表情もなく見ていたが、やがて笑みを浮かべた。
「でも、おまえは俺が努力してる間、何してた?」
 敬也に取られた腕が床に縫いつけられる。何を怒っているのか分からない。和信は恐怖から呼吸が上がっていた。
「裏切らないって約束したのに、朝也と俺達のベッドで寝てたな」
「え?」
「俺がいない間、あいつと何してた!」
 乾いた音の後、左頬が熱くなる。
「なに、も」
 もう一度、頬を叩かれて、和信は痛みから涙をにじませた。敬也が立ち上がり、廊下へ消える。物音から掃除機を持ち出そうとしているのだと分かり、和信は慌てて起き上がる。逃げ場を探し、鍵のかかる寝室へ入った。
 鍵をかけた後、扉を背にして座り込む。携帯電話で助けを呼ぼうと思った。だが、母親にはかけられない。岸本は関係ない。職場の人間に状況を説明できるわけがない。警察を呼んでも同じだ。男同士のけんかだと片づけられる。
 扉を開けようとする音に驚いて、和信は携帯電話を床へ落とした。
「和信、開けろ」
 返事などできるわけがない。和信はただ敬也が怖かった。
「開けないなら、こっちにも考えがある。おまえが俺のをしゃぶってる写メ、職場へ送りつけて正社員の話を潰してやる」
 頭を抱えていた和信は、敬也の言葉に小さく嗚咽を漏らした。そんな写真を見られたら、正社員どころか、クビになる。クビになったら、母親に何を言われるか分からない。
 嗚咽を漏らしながら、和信は鍵を開けた。振りかざされた掃除機の先が左肩へ落ちてくる。ひっくり返った体の上にまた衝撃があった。コードで手首をしっかり結ばれる。敬也が何度か和信の体を足で蹴り上げた。
「おまえの派遣会社にも送りつけてやる。最近ずっと肛門科通いだろ? 会社の連中、おまえが何科に通ってるか見て、ガチだって大笑いになるな。俺がしっかり俺の形を覚え込ませてんのに、あいつ……あいつはいっつもだ。俺の欲しいものを平気で奪う」
 敬也は我を忘れたかのように、和信の体へ暴行を加えた後、飲みかけの缶ビールと朝也がくれたアロマキャンドルを持ってきた。和信は小さな声で謝罪を繰り返す。誰かに助けを求めたかった。自力で逃げられないくらい、和信は精神的にも追い詰められている。恋心を抱いていた母親の恋人から強姦された後、和信は泣き続けた。
「逃げなかったってことは、多少、望んでいたってことだろ。おまえだって物欲しそうに俺を見てた」
 力で敵わず、暴力によって支配されただけだった。それなのに、そう言われて、和信の心には体の傷以上の深い闇が残った。

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