ふくいんのあしおと19 | ナノ





ふくいんのあしおと19

 六缶パックを買おうとすると、朝也が二十四缶ケースを持ち上げた。和信は日本酒を一瓶だけ持って彼を追いかける。先にレジへ並んだ彼が、さっさと会計を済ませた。
「あ、俺が出す」
「いい。鍋、作るんだろ?」
 朝也は右腕で軽そうにビールを抱え、左手に日本酒の入った袋を提げた。
「持つよ」
 せめて日本酒を持とうとすると、朝也は首を横に振って歩き出す。
「おまえ、足、悪いんだろ」
「え?」
「歩き方が変だ。顔色もよくない」
 和信は自分の足元から腕を見た。アザが見えているのかと思ってあせったが、そうではないようだ。
「……夜勤明けで眠いだけだ」
 小さく言うと、朝也が立ち止まる。
「そうだったんだ? じゃあ、帰ったら寝てて。俺、大人しくしてるから」
 メールをチェックしたいから、パソコンだけ貸して欲しいと言われ、和信は快く貸した。シャワーを浴びずに、そのままベッドへ横になる。メールに敬也からの返信はなく、和信は重たいまぶたを閉じた。
 よく考えると同居人というのは無理がある。寝室を見れば、ベッドは一つしかなく、他に部屋はない。寝室に入れなければ大丈夫、と思い、何度目かの寝返りをした。
 毛布を被っていたものの、寒くてついそばの温もりへ擦り寄る。寝ぼけたまま、敬也が帰ってきたのだと思った。もう少しそばへ、と体を寄せると、彼がぎゅっと抱き締めてくれた。昔みたいだ。和信はそのまま眠り続けた。

 物音と話声で目が覚めた。寝室内は真っ暗だ。和信は体を起こすと、ベッドの上に座る。毛布が体から落ちて、寒気を感じた。体の節々の痛みに顔をしかめながら、廊下へ出ると、リビングから朝也の明るい声が聞こえてきた。
「あ、和信、起きた?」
 缶ビールを片手に朝也が話しかけてくる。和信はかすかに笑い、それから、敬也のうしろ姿を認めて、顔を強張らせた。振り返らない彼の背中から発せられる雰囲気に、和信は萎縮した。
 テーブルには鍋が置いてあり、もう食べ終わったのか、ほとんど中身がない状態だ。実家から戻った敬也が準備したのだろう。和信がおそるおそる敬也の隣へ座ると、彼は端正な顔でこちらを見た。そして、破顔する。
「ただいま、和信」
 いつもの敬也だった。最近、笑顔を見ていないせいか、いつも以上に幸せそうに見える。実家でちゃんと自分のことを話して、ストレスが消えたのだろうか。和信は泣きそうになったが、何とかこらえた。
「飲む?」
 テーブルの片隅に置いてあった缶ビールが目の前に置かれた。和信はあまり飲みたい気分ではない。そっと敬也を確認する。弟である朝也は別だと思うが、二人のルールでは部屋では飲まない約束だった。迷っていると、敬也がプルタブを上げる。
「ほら、飲めよ」
 久しぶりの弟との再会に、敬也も気分がいいのか、とその程度にしか考えなかった。和信はまだ十分冷たい缶ビールを一口飲む。朝也が一方的に旅の話をして、敬也が静かに聞いている。朝也は気づかっているようには見えないが、時おり、和信にも話しかけて、何とか三人での会話を試みようとしていた。
「おまえ、どこに泊まるんだ? 実家?」
「いや、今日は正直、兄貴のとこに泊まる魂胆だったんだ。でも、和信もいるし、どっか友達んとこ行くわ」
 時計を見た朝也が立ち上がる。
「俺、また来ていいだろ?」
「……もちろん」
 敬也が笑みを浮かべると、朝也は安心した表情を見せた。
「そうだ、これ」
 土産だと言って、アロマキャンドルを手渡される。和信は受け取りながら礼を述べ、敬也とともに玄関まで見送る。すべていい方向へ進んでいるのだと思った。手の中にあるアロマキャンドルからは甘い幸せな香りがする。

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