ふくいんのあしおと18 | ナノ





ふくいんのあしおと18

 振り返ると、彼は初めてこの部屋へ上がるくせに、実に堂々と靴を脱いだ。それから、スーパーの袋を開いて、顔を中へ入れる。その顔がこちらを見てにやっと笑う。
「鍋だ」
 和信は頷いた。
「敬也は夕方には帰ってくると思う」
「ふーん、なかなか広い部屋だな。家賃は折半?」
「うん」
 キッチンまで一緒に進みながら、思わず頷いてしまったことを後悔した。
「や、うん、あ、俺、敬也の同居人。多田和信」
 敬也が自分の存在を両親へ伝えているかもしれないが、この弟は何も知らないだろう。改めてあいさつすると、彼は人懐っこい笑みを浮かべた。
「俺は窪田朝也(トモヤ)。二十二歳。歩くのが好き。それが高じて二年くらい散歩に出ちゃった」
 子どもっぽい話し方をしたが、朝也は落ち着いた雰囲気の笑みを浮かべる。大型の本格的なバックパックは、今にも中身が飛び出しそうなほどふくれていた。それと同じように、彼はこれまでの旅を通して多くの知識と経験を得ているようだ。自分とは異なる生き方をほんの少し目の当たりにして、和信は感心して彼を見上げた。
「和信は言葉づかい、気にするほう?」
「別に」
「そう。じゃあ、タメでいい?」
 頷くと、朝也はまた笑った。まぶしい笑顔だと思う。兄弟なのに、敬也とは全然違う。だが、魅かれることはない。ポケットから携帯電話を取り出し、朝也が来ていることを知らせようとメールを打った。送信する前に、朝也が、「シャワー浴びたい」と言い始める。
「たぶん、俺、四日か五日くらい洗ってない」
 リュックサックのポケットから歯ブラシとプラスチックのコップを取り出した朝也は、リビングで衣服を脱ぎ始める。意識することはないのに、和信は慌てて、洗面所の場所を案内した。
「待って、待って」
 扉を閉めようとすると、今度は朝也が慌てた声を出す。何か聞いておきたいことがあるのかと思い、手を止めた。すると、彼は素早く下も脱いで振り返る。全裸になった彼のどこに目をやればいいのか分からず、和信はうつむいた。
「うわ、新鮮過ぎて逆にこっちが照れる」
 朝也の言葉に、先ほどの、「待って」というのは、自分を困惑させるためのものだと分かった。からかわれたことにムッとして顔を上げたものの、やはりうまく焦点を定めることができず、扉を閉めた。
 キッチンへ戻り、作成していたメールを敬也へ送信した後、和信は鍋の具材を冷蔵庫をへ入れた。夜勤明けのため、夕方まで眠りたいという欲求がある。だが、朝也の相手をしないわけにもいかない。和信はパソコンを開いて、オンラインゲームへログインした。最近はあまり遊んでいなかった。酒も煙草も全然だ、と思い、ふと朝也は酒を飲むだろうと思い至る。
 せっかくの兄弟再会で、二年ぶりの日本なのに、酒がないなんて、もし和信なら物足りなく思う。シャワーを浴び終えた朝也は、リュックサックから衣服を取り出した。案の定、下着も身につけずに出てきて、しばらくバスタオルを巻いた状態で窓の外を見ている。
「……お酒とかビール、飲む?」
「あんの?」
 朝也は風呂上がりの一杯に目を輝かせた。
「いや、買いに行こうと思って」
「俺も行く」
 朝也は素早く着替えると、財布だけを持った。近くのスーパーまでは十分もかからない。和信が煙草とライターを持ったのを見て、彼が一本吸いたいと言った。スーパーまでの道をゆっくり歩きながら、二人で煙草を吸った。

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