karuna 番外編5 | ナノ





karuna 番外編5

 ロクは育ち始めた若木の葉をなで、鮮やかな緑に鼻を寄せた。青々としたにおいに目を閉じる。曾祖父の時代、砂漠だったと言われているヤマブキの森には若い木々が茂っていた。
 聖なる森と呼ばれるヒイロの森へ入ることを許された人間はほとんどいない。ロクの曾祖父にあたるトクサは特別だった。彼は精霊王と会ったばかりではなく、ヤマブキの森の緑化に大きく貢献していた。そのため、彼はヒイロの森へ出入りできる人間として知られていた。
 曾祖父から祖父、祖父から父へ語り継がれた話は、おとぎ話のようで現実味がなかった。だが、ロクは年に一度、リチの実の収穫時期にヒイロの森から現れる精霊王を見て以来、そのおとぎ話を信じるようになった。
 精霊王はこの国でいちばん上等のリチの実しか受けつけない。ヒイロの森からの加護に感謝する意もあり、リチを栽培する農家達はこぞって甘く上等な実を献上していた。精霊は物を食べない。リチの実は唯一、ヒイロの森に住むことを許されたトキという青年のためのものだった。
 ロクはトキを見たことはない。彼を救ったとされる曾祖父の言葉で語るなら、トキという青年は淡いブロンドの長い髪と森と同じグリーンの瞳で、純真な心が反映したかのように美しいそうだ。精霊王と同じ時の長さで生きることを許された特別な人間なのだと聞いた。
 木に触れ、目を閉じていたロクは、献上会の様子を見にいくため、若葉の間から漏れる光を受けながら歩いた。献上会では無料でリチの実が食べ放題になるため、毎年恒例の祭になっている。
 砂漠地帯が消えてから、石に宿ったままの精霊が増えたが、今でも精霊使い達は精霊石を見つけると、契約を交わしたり、ヒイロの森へ同行したりして、その存在を認められている。曾祖父亡き後、反王国組織の統治下になったゼンレン王国はルシュタト王国が王制を廃止したことで一つの国に生まれ変わった。精霊達との共存を目指し、彼らを生涯のつれあいにする人間も増えている。
 市庁舎前に行くと、すでに涼しげな表情の精霊王がいた。石畳の上に柔らかな敷物を引き、その上にテーブルと椅子が設けられている。精霊王はリチの実の色や形で甘さを判断するらしい。今回は椅子が二つ用意されていた。集まっている人間達のざわめきが大きくなる。精霊達に囲まれた、美しいブロンドの髪を揺らすその人の姿を認めた。
「トキ様だ……」
 皆、息を飲んでいる。ロクも呼吸を忘れるほど、トキの姿に見惚れていた。曾祖父から語り継がれた話は想像力をかき立てた。だが、実際のトキはその想像を超えていた。容姿の美しさだけではなく、内側からあふれる心が見えるほど、その存在を強く印象づけてくる。
 淡いブロンドの髪が光り、立ち止まったトキがロクのほうへ視線を移した。信じられないことに彼がこちらへ歩いてくる。グリーンの瞳が自分をとらえている感覚に陥ったが、彼は本当に目の前まで来た。
「若木を愛でてから来ましたか? あなたから若葉の香りがします」
 トキは顔をほころばせると、そっと指先を伸ばして、ロクの頬へ触れた。
「……トクサに似ていますね。あなたの曾祖父は命の恩人です」
「トキ」
 精霊王に呼ばれたトキは、振り返って頷く。彼はほほ笑みを残して、席へと着いた。長年連れ添っている精霊王とトキの姿に、皆、見惚れていた。トキの美しさと同時に聞いていた精霊王の嫉妬心についてを思い出し、ロクは苦笑する。
 リチの実を頬張ったトキのくちびるから果汁があふれると、精霊王はけん制の意味も込めて、集まった人間達を一瞥した。それから、精霊王はトキへ長いキスをした。皆の歓声が上がる。ロクは頬を染めているトキを見て、彼を助けた曾祖父のことを誇りに思った。
 指先に絡んでくる手を握り返すと、幼馴染のルツキがささやく。
「あんなふうに幸せになりたい」
 ロクはルツキの言葉に頷き、彼のくちびるへそっとキスをした。リチの実が収穫される時期に市庁舎前でキスをすると、永遠に結ばれると言われるようになるのは、もう少し先の話になる。

番外編4

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