ふくいんのあしおと16 | ナノ





ふくいんのあしおと16

 鍵を開けて部屋へ入ると、仁王立ちしている敬也がいた。和信は驚いたが、何とか「ただいま」と声をかける。脇を通って奥へ行こうとすると、彼の手が和信の腕をつかんだ。強い力で壁へ押さえつけられる。
「おまえの友達にあんな高級車、持ってる奴いた?」
 和信は一瞬、息が止まりそうになる。自分の借金ではないが、そういう話題はおそらくもっとも避けるべきものだ。
「友達の知り合い。送ってくれただけだ」
 肩から提げていた鞄の中に手を突っ込んだ敬也は、和信の首を押さえつけた。息ができなくなる。給料明細を床へ落として、最後の紙を引っ張り出した彼は、ようやく手を離した。
 その場へ座り込んだ和信がせき込んでいると、敬也が紙を目の前に突き出してくる。和信には覚えがなかったが、前回の三十万の領収書だった。岸本が用意して入れておいてくれたのだろう。
「借金があるのか?」
 和信は緩く首を横に振る。髪をつかまれ、腹を蹴られた。敬也を見上げると、彼は怒っていた。
「けい、おれの、」
 自分の借金ではない、と説明したかったが、敬也からの暴力に屈し、和信は言葉を紡げなかった。
「嘘ばっかりだ、なぁ、和信……」
 にじむ視界の向こうには、泣いている敬也がいた。髪をぎゅっとつかまれる。思い出したのは、初めて抱き締められた日のことだ。イベントで知り合った後、順調にデートを重ね、以前、彼が住んでいた部屋で抱き締められた。好きだ、と言われて嬉しかった。とても幸福だった。一緒に住もう、と言われた時、和信は翌日、目が腫れるまで泣いた。
 だが、もう取り戻せない。和信は泣いている敬也へ手を伸ばした。彼の問題を理解できないが、彼の気持ちは少しだけ分かる。和信だって母親からの愛を得るためなら、あの薄暗いパーティー会場の舞台で磔にされてもいいとさえ考えた。
 方法や手段が違うだけで、自分達は似ている。だからこそ、今はもう二人だけでは解決できないところまできている。和信は誰かに相談しなくてはいけないと思った。
「敬也、俺達……っ」
 キッチンから戻ってきた敬也は手にしていたフライパンを振り上げた。和信は両腕で頭をかばう。拳とは比べものにならない大きな衝撃だった。二度、三度と続いた衝撃は、腕から背中へ変わり、最後に腹を狙われた。
 逃げないといけない。和信はくらくらと回る意識の中で立ち上がった。フライパンを持ったまま、敬也がいきなり抱き締めてくる。和信の体は小刻みに震えていた。
「いいこと、思いついた。俺、結婚しなくていいかもしれない」
 鈍い音を立てて、フライパンが床へ落ちた。敬也は和信の体を抱えると、ベッドの上に乗せる。和信が様子をうかがっていると、彼は足元へ腰かけた。
「おまえがいるって言う。俺にはおまえがいるって言うから」
 そっと伸びてきた手に目を閉じると、敬也が笑った。
「そんな怯えなくても」
 彼の手はただ頬をなでただけだった。だが、先ほどつかまれた髪の辺りは、まだ生え際が痛い。フライパンで殴らた場所はすでに赤黒く内出血を起こしていた。怯えるな、というのは無理な話だ。
「おまえにも俺だけだろ」
 頷くと、敬也が手を伸ばす。
「携帯、出して」
 ジーンズのポケットで押し潰されそうになっている携帯電話を差し出す。敬也は操作をして電話帳のデータを預かっているサーバーから消去した。それから、母親と彼の連絡先を残して、あとは全部削除する。通話履歴もメールもすべて消された。
 サイドボードへ携帯電話を置いた敬也が、体を押し倒す。長袖の上着をはだけられ、Tシャツをまくられた。全身に緊張が走り、体が強張る。

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