ふくいんのあしおと15 | ナノ





ふくいんのあしおと15

 母親の期待を裏切りたくない。これは和信が一人で片づけることであり、できなければ彼女に認めてもらえない。
「俺、何でもします。そういう仕事、ありますよね? 俺、できます」
 泣きたくもないのに、和信の目からは涙があふれた。情けないと思われる。だが、泣き始めると止まらず、そのまま嗚咽を上げる。岸本は彼のコートで体を包んでくれた。
「立てるか?」
 頷いて、下を向いたまま立ち上がると、岸本が荷物をまとめて、会計を済ませた。
「まだ時間は大丈夫なんだろ?」
 その問いかけにも頷くと、岸本がどこかへ電話をして車を呼んだ。並んで立つと、同じくらいの背丈で、彼の凛とした瞳がよく見える。この流れだと、彼に抱かれるのだろうか。怖いと思ったが、彼なら優しくしてくれそうだ。
「ちょっと、多田さん」
 車の中で岸本が震え出す。笑っているようだ。
「俺が抱くとか思ってない?」
「……違うんですか?」
 岸本は必死に笑いをこらえていたが、和信は自分の勘違いを恥ずかしく思い、笑ってしまった。すると、彼は、「悪い」と謝りながら大きな声で笑う。後部座席とフロントを仕切っていたウィンドウが下りた。助手席に座っていたメガネをかけた男が振り返る。
「山中さん、今の絶対、あいつに言わないで」
「……もちろんだ」
 岸本はせき払いをして真顔に戻ると、煙草を取り出した。和信にも一本くれる。煙草を吸い終わる頃、大きな屋敷の敷地内に車が停まった。見て欲しいものがある、と言われ、彼の後へ続く。屋敷の前には高級車がたくさん停まっていた。山中と呼ばれたメガネの男も一緒に来ていた。中はごく普通のパーティー会場のようだ。
「こっち」
 ホールを抜けて奥へと進み、喧騒が途切れたところでガードマンが立っている扉の前へ進んだ。男は岸本と分かると、すぐに扉を開ける。中で見た光景はひどいものだった。ステージの上でいたぶられている青年はまだ若い。和信が固まっていると、耳元で岸本がささやく。
「君はもう二十六だ。商品としての価値が劣る。そういう商品はより過激なことができるとうたって売り出される」
 泣き叫ぶ青年の声に和信は目を閉じた。
「一晩百万以上、稼げることもあるだろう。君はできると言った。だけど、本当にできる? 本当に耐えられるか?」
 目を開くと、にじんだ視界の先で磔台に固定された青年のアナルから、グロテスクなおもちゃが引き抜かれた。震えて、支えを失いそうな体を岸本が支えてくれた。あれに耐えたら、母親は許してくれるだろうか。敬也に殴られて、腫れた顔で彼女に会った時、彼女は真っ青になって心配してくれた。見える傷を作れば、心配してもらえる。
「……できます、俺、ここで働いて、ちゃんとお金、返します」
「来いっ」
 借りているコートをつかまれ、一気に外まで連れていかれた。岸本が反射的に手を上げて、和信は殴られると思い、その場にしゃがんだ。彼が山中と痛々しそうに自分を見たことは知らない。衝撃に備えていると、そっと背中をなでられた。
「まったく、何と引き換えにしているのか知らないけどな……あと、すごく嫌なこと言うけど、こんなことと引き換えにしても欲しいものなんて手に入らない」
 岸本の言う通りかもしれない。だが、和信は首を横に振った。
「嘘だ」
 傷ついた自分を見れば、母親は心配してくれる。金を用意すれば、彼女は安堵してくれる。
「和信」
 岸本は煙草の煙を吐き出しながら、視線だけで車へ乗るように促す。和信は乗り込む前にコートを脱いで、彼へ押し返した。
「この話はしばらく保留だ。心配しなくても、母親と平川のとこへは行かない。電話もしない。その代わり、月一回は俺に電話をしろ」
「岸本さん……」
 横を走る車のテールランプを見つめていた和信は、岸本の言葉に彼を見る。
「四月から正社員の話があるんだって? それまではとりあえず二万でいい。持ってこれるか?」
 和信は泣きながら返事をした。これで、母親はもう死ぬなんて言わないだろう。頼れる息子だと思ってくれるかもしれない。和信は部屋まで送ってくれるという岸本へ何度も何度も礼を言った。

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