ふくいんのあしおと14 | ナノ





ふくいんのあしおと14

「何で、耕二さんが関係ないお金払うの? これは私の問題なんだからね。だから、わのぶ君に相談してるのに……」
 和信は部屋に一人きりだった。敬也の彼女が訪ねてきた日は、女物の香水のにおいが残っていて、窓を全開にした。それから数日経過しているのに、この部屋はまるで以前とは違う。敬也が隠してしまった自分の物は、必要な物だけ気づいた時に取り出して、元の場所へ置いた。それでも、以前とは違う。
「母さん、どうして?」
 どうして、自分の名前をちゃんと呼んでくれないのか、どうして、自分の存在を認めてくれないのか、和信は少し混乱していた。自分の居場所にいるのに、自分ではない。何が正しいのか分からなくなる。
「もう、いい。分かってるわよ。わのぶ君は私なんかいらないって思ってるんでしょ? 私が死ねば、お金、払わなくて済むもんね。本当は死ねって思ってるんでしょう!」
 おまえなんか産むんじゃなかった、と言われるより辛かった。
「死ぬわよ、死んだら満足? 死ぬからね」
 母親にそんな言葉を言わせるほど、傷つけたのは誰だろう。和信の頬を透明な涙が滑っていく。
「母さん、ごめん。俺が悪いんだ、ごめんね。俺がちゃんとするから、だから、そんなこと言うな。俺、俺が払うから、安心して。ちゃんとするよ、だから、だから……」
 どうやって電話を切ったのか、覚えていない。Kファイナンスへ行くと言ったのに、岸本はカフェで会うことを提案してきた。仕事が終わった後の時間になったため、和信は敬也に、「友達と会ってくる」とメールを入れた。

 Kファイナンスの入っているオフィスビルから、そう遠くない喫茶店での待ち合わせだった。和信は先に到着しており、喫煙席で煙草を吸いながら、岸本が来るのを待つ。彼は何も言わなかったが、念のため、直近三ヶ月分の給料明細を持ってきた。
「あー、お待たせ。すみません、バニラアイスパフェ、一つ」
 立ち上がろうとすると、岸本が手を出して止める。彼はコートを脱ぎながら、店員へ注文の品を言った。
「あの、早速ですけど、俺、毎月……」
「話した?」
「え?」
「ちゃんと母親や平川と話した?」
 和信は岸本の目を見て頷いた。
「これ、俺の給料明細です。毎月五万が限界だけど、必ず期日までには払います」
 岸本は先月の明細にだけ視線を落とし、それ以外は特に見なかった。
「五万、か」
 足りないと言われている気がして、和信はテーブルの下で拳を握る。
「多田さん、平川の借金、いくらか知らない? 知らないのに、払うって話し合いしたんだ?」
 くちびるを噛み締めてうつむけば、話し合っていないと肯定してしまう。和信は顔を上げて苦笑した。
「知ってます。だけど、俺の給料じゃ五万が限界なんです」
「話にならない」
 この間とは打って変わって、岸本が厳しい瞳でこちらを見つめていた。運ばれてきたパフェを食べ始めた彼は、好物なのか、かすかに笑みを浮かべている。
 五万で足りないなら、どうすればいいだろう。十万も払うと、和信の生活が危うくなる。しかも、母親のキャッシング返済のこともある。三万を足して八万なら何とかなるかもしれない。酒も煙草もスロットもやめるいい機会だと思えば、自分自身に納得させることもできる。
「……多田さん」
 岸本はパフェを食べ終わったのか、心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
「俺が言うなって感じだけど、思いつめないほうがいい。平川の総額は五百万ほどある。契約上では毎月十万の返済。君がどうしても助けたいなら、半分出して、残りの半分は平川から」
「ダメです!」
 立ち上がった和信は店内の視線を集めた。慌てて座り、驚いている岸本へ顔を近づける。

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