ふくいんのあしおと8 | ナノ





ふくいんのあしおと8

 仰向けの状態から何とか体をひねったら、そのまま腰をつかまれた。鼻や肺に入った水にせき込んでいる間に、敬也がアナルを犯す。叫び声はせきとともにかすれていった。和信はもともと前立腺だけではいけず、前を触ってもらわないと快いと感じることがない。傷ついた内壁をさらにけずられる動きに、和信は涙を流した。
 二度目の強姦は和信から気力を奪っていた。浴室の窓が開いていたため、深夜と早朝の冷気が中に入り込む。濡れたまま、置き去りにされていた和信の体は一晩中、震えていた。敬也はおそらく仕事へ行ったのだろう。部屋からは物音一つしない。
 和信は起き上がった。タイルの上は水と血と敬也の精液が混じった液体で汚れている。給湯のスイッチを入れて、湯で体を流した後、和信はリビングの時計を見てあせった。今日の十二時には母親の所へ取り立てが来る。三十万を持っていく約束だったのに、時計はすでに十四時を過ぎていた。
 歩くたびに感じる痛みも忘れ、携帯電話を探す。通知を知らせるランプがちかちかと点滅していた。母親からの着信とメールが続く。和信は携帯電話を耳に当てた。
「もしもし、母さん?」
 右手でくちびるの端をそっと押さえて、和信は電話の向こうの相手を呼んだ。すすり泣くような声の後、「……わのぶ、くん」という細い声が聞こえる。俺は「かずのぶ」じゃないのか、と言いたい気持ちをこらえた。
「ひどいよ、なんで、約束破るの? わのぶ君しか、頼れないのに……」
 和信は携帯電話を強く握り締める。
「ごめん」
 絞り出した謝罪の言葉に、母親がすすり泣く。
「謝ったって……わのぶ君、あの時と同じだね」
「っち、ちがう、母さん、ごめん、本当に、ごめん。すぐに持っていく。まだ取り立て屋、いる?」
 和信はクローゼットの奥から引き出しを引っ張り、中にある通帳を取り出した。ぱらぱらとめくると、やはり五十万はないが、それに近い数字が並ぶ。
「帰ったよ。耕二さんが二十万円は用意できたから、それで何とか……でも、あと三十は六時までに持ってこいって言われて、それができなかったら、私が」
「母さん、俺が今から行って話してくる。担当の人の名前は? 俺が何とかするから、だから……」
 担当の名前を聞き、和信は終話ボタンを押した。だから、の後に続けたかった言葉を忘れるように目を閉じる。二十六にもなる男が母親の愛を求めているなんて、笑い話でしかない。だが、その願いがどれほど切実なものかは当人にしか分からない。同じように、敬也もまた彼だけにしか分からない何かを抱えている。それがねじ曲がり、思いもよらない方向へ思いもよらない形で噴出したからといって、和信には彼を責めることはできない。
 大きな息を吐くと、体中にこもっている熱が漏れるようだった。和信は長袖のシャツの上から少し厚い上着を羽織る。携帯電話でKファイナンスの場所を確認してから、外へ出た。ポケットから煙草を取り出して、一本だけ吸ってから歩き出す。

 重たい扉を開けて、玄関にある男物の靴を確認した和信は1LDKの部屋には入らず、そっと扉を閉めた。マンションの近くにあるコンビニで時間を潰す。一時間ほど経った頃、見知った顔がガラスの向こうで笑った。先ほどまで母親の部屋にいた男は、コンビニへ入ってくると、和信の前に立つ。
「気、使わなくていいんだよ」
 和信はうつむいて首を横に振った。
「別に……もう帰るんですか?」
 和信の問いかけに、母親の恋人は頷いた。これまでのタイプと少し違い、歳相応の落ち着いた男だ。母親の働いているクラブの常連客らしく、久しぶりの上物だと言っていた。確かに男は金に不自由しているようには見えない。コンビニの駐車場に似合わない外車に、和信だけではなく、店員も視線を向けている。
「少しドライブでもする?」
 車に乗りたいと思われたようだ。男の言葉に和信は笑って頷いた。父親としては見ていなかった。彼はあくまで母親の恋人であり、たとえ再婚する話になったとしても、彼を父親として見ることはできない。和信は十四歳だった。そして、彼に恋をしていた。

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