karuna 番外編4 | ナノ





karuna 番外編4

 ベッドの上から落とされ、床に手をついた。
「獣と同じだ」
「犯してくれってケツ上げてる」
 嘲笑されたトキは、ただうつむいていた。
「学園にいた時は話しかけることもできなかったけど、こいつもただの人だったってことだな」
「人じゃねぇよ。こんな姿になってまで生きてるなんて、人としての誇りも尊厳もない」
 学園にいた精霊使い達と反王国組織の人間達が好き勝手なことを言って、トキを貶めた。言い返したいと思っても、傷ついた喉から出せる声は小さく、彼らには何を言っているか分からないだろう。
 鼻先にペニスが当たった。目には見えないが、においで分かる。トキは大人しくそれを口へ含んだ。自力で立ち上がることができなくなった。それでも、あの部屋から出られた。まだ生きなくてはいけないのだと言い聞かせる。生きている限り、何らかの形でハルカの役に立っている可能性がある。

 ハルカは左側にある存在の熱を感じていた。静かな呼吸音が聞こえる。精霊には睡眠もベッドも必要ない。精気が減れば、木のそばで休むだけだ。トキのために用意したツタのベッドの中で、ハルカは長い間、トキの記憶を見ていた。
 一番古い記憶は、父親のうしろ姿だった。父親はまるでトキが存在していないかのように振る舞っていた。今ならより深く、どうしてトキが抱き締められることにこだわるのか分かる。どうして、自分の存在を必要か不必要かと考える理由が分かる。
 記憶を共有したいと申し出たハルカに、トキは頑なな態度で拒否した。すべてはもう過去のことであり、彼はもういいのだと笑った。
「今までのことすべて、あなたとこうしてあるためだったと思えば、何もかもを受け入れる気持ちになるんです。だから、もう平気です」
 偽りのない笑みを浮かべ、トキはそう言ったが、ハルカはどうしてもすべてを共有したかった。ハルカは精霊王であることを誇りに思っている。森と精霊達を守るために存在しており、そのためなら何を犠牲にしても構わないと今も思っている。だが、トキは別だ。寄り添うようにして眠っているトキの頬をそっとなでる。
 初めてトキの存在を確認した時、その心の美しさにひかれた。精霊のために己を犠牲にして、体を投げ出し、学園長達から凌辱されてもなお彼の精神は汚れなかった。契約を交わした後も、夜呼び出される彼を、本当は救いたかった。すぐにでも学園を出て、ヒイロの森へ行こうと言いたかったが、ハルカの思いに気づいていた精霊樹から、時が来るのを待てと告げられていた。
 長い歴史の中で、人間がヒイロの森へ入ったことは一度もない。まして精霊王が人間に恋をしたことなどなかった。もし、トキがどんなことがあっても、その美しい心を持ち続けることができたなら、己を犠牲にしても慈しむ心を忘れなかったなら、森で暮らすことを許可する。
 こうなることをハルカは予想していた。トキが利己的になるはずがない。学園に戻ってからのトキの記憶を、ハルカは静かにのぞいた。恐怖に支配されまいと、自分に与えたハルカという名を呼び続けるトキに、ハルカは何度も涙を流した。
「ハルカ」
 うっすらと目を開けたトキが手を伸ばし、涙へ触れる。どうして泣いているのかと瞳が尋ねてくる。ハルカは頬を緩めて、トキの体を自分の体の上へ乗せた。
「……私が精霊樹へ宿る時、おまえを一緒に連れていく。おまえの肉体は精霊樹の下へ埋めてもらおう。そして、おまえの魂は私と共にこの森を見守る」
 トキの汚れない魂をヒイロの森へ留めておく、というのはハルカの希望だった。トキとは違い、利己的な自分に苦笑する。だが、トキは満面の笑みを浮かべ、小さく頷いた。くちびるへ触れるだけのキスをした後、彼は胸の上に頭を乗せて目を閉じる。抱き締めて頭をなでてやると、彼はまた眠り始めた。
 温かいトキの体や優しい寝息を聞いているだけで、精気がみなぎるようだった。彼が起きたら、ミカミの街でリチの実を調達しようと思う。ハルカは甘いと言って笑う彼の笑顔が一番好きだった。

番外編3 番外編5(本編後のある日/トクサの曾孫視点)

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