ふくいんのあしおと5 | ナノ





ふくいんのあしおと5

 帰宅すると、敬也が部屋の掃除をしていた。休みの日でも彼は昼まで寝たりしない。彼は和信に気づくと手を止めた。
「遅かったな」
「うん、母さんとこ、行ってた」
 寝室へ入り、ベッドに座る。いつもすぐに眠り、出勤前にシャワーを浴びる。すでに十三時を過ぎていて、十九時には起きないと間に合わないから、もう寝ないといけない。
 服を脱ぎ捨てて毛布を引き上げた。眠ろうと目を閉じると、ベッドが揺れる。
「……話がある」
 敬也の言葉に和信はあくびをしながら振り返る。明日にして欲しいと言おうとして、彼の真剣な瞳に気づいた。よくない話だと分かる。和信が体を起こすと、彼が向き合った。
「結婚する」
 自分とではない。それだけははっきりしていた。
「何で?」
 誰と、なんて馬鹿げた質問はしない。敬也がバイではないことは自分が一番よく知っている。彼もまた異性を性的な意味で見ることができない。
 敬也は何度かまばたきをした後、視線を落とした。
「親が……持ってきた見合い話なんだ」
「断ってよ」
 すぐにそう言えた。それくらいこの一年の関係は深いものだと信じている。だが、敬也は否定の言葉を吐いた。
「ムリだ。今まで何度も断ってきたんだ。さすがに変に思われる。それに、俺、少しは親孝行したいって思ってる……期待にこたえられなかった息子だから」
 全然、実家に帰っていないくせに、今さら親孝行と言い出した敬也を、和信は睨んだ。
「何だ? 何で俺が睨まれるんだ? 俺が悪いのか?」
 敬也が怒りを隠さずに言う。
「そうだろ? だって、家とか帰ってないし、家族のこと好きでもないくせに、何で突然、結婚とか親孝行とか、意味、分かんない」
 毛布を握っていた手が震えた。夜勤明けで、母親に金を貸して欲しいと頼まれ、あげくに恋人からは別れ話だ。気分が滅入ってくる。
「おまえに怒られる筋合いはない。おまえだって隠し事してるくせに」
 スロットのことがばれている。和信は一瞬、ひるんだ。だが、すぐに気を取り直す。
「趣味の範囲を超えてない。大損もしてないし、借金もない。俺の勝手で、敬也には迷惑かけてない」
「じゃあ、結婚も俺の勝手だろ。おまえに迷惑はかけない。それに、俺は別れるなんて言ってない」
 意味が分からず、和信は敬也の次の言葉を待つ。彼は小さく溜息をついた。
「結婚してもおまえとの関係を終わらせる気はない」
 和信は敬也を見つめた。彼が本気で言っていることは伝わってくるが、彼の発言は本気で言っていいことではない。疲労と眠気から、和信はかすかにほほ笑んだ。
「もう、いいや。その話、休みの時にして」
 毛布を肩まで被って背中を向けた。いきなり背中を叩かれて、あまりの痛みに顔をしかめる。
「何だよっ」
 和信が怒鳴ると敬也が馬乗りになる。
「何? 俺もう寝たいんだけど」
 和信は拗ねた振りをした。今まで些細なけんかはたくさんあった。興奮した敬也が手を上げるのは初めてではない。叩かれた背中は痛いが、言葉より先に手が出てしまう気持ちは理解できるから、そのことを責めなかった。特に彼は優等生タイプで、期待にこたえようとして、自身を抑える傾向がある。

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