ふくいんのあしおと4 | ナノ





ふくいんのあしおと4

「私のじゃないの」
 やっぱり、と和信は麦茶を飲んだ。困惑している彼女を見ながら、パーカーのポケットへ手を入れる。
「あ、私も」
 和信は向かいに座る母親へ煙草を一本転がす。煙を吐き出しながら、和信は彼女の言葉を待った。
 生まれた時から父親はいない。幸いなことなのか分からないが、和信は母親似だった。茶色い髪はくせが激しく、ふんわりとしたパーマがあたっているように見える。瞳も色素が薄く、明るい茶色だった。高校時代は嫌で、わざと黒く染めた。だが、髪質が悪いのか、一週間と経たない内に落ちて、より明るい茶色へと変化するだけだった。
「あのね、彼……耕二(コウジ)さんね、Kファイナンスからお金、借りてて……取り立て屋が来るの」
 母親の出した金融会社の名前に、和信は溜息をついた。Kファイナンスはこの辺りを仕切っている共永会というやくざの会社だ。指先で額を押さえ、もう一本煙草を取り出す。
「……取り立て屋は何て?」
「もちろん脅しだと思うけど、私を風俗に行かせるって言うの」
 母親は笑ったが、脅されたことを思い出したのか、かすかに震えた。
「母さんは連帯保証人じゃないから、ただの脅しに決まってる」
 灰皿へ灰を振り落とした和信は深く息を吸い込んだ。別れたら、と提案する前に、母親が口を開く。
「別れないわ。私、近所のスーパーで働こうと思う。少しでも足しになれば、わのぶ君からお金もらわなくてもちゃんとやっていける」
「……よく言うね。この間の二万は? その取り立て屋に渡したんだろ?」
 だから、キャッシングの返済ができなくなり、自分を呼んだ。和信は煙草を押し潰す。
「母さん、責めるわけじゃない。でも、今さら働いたことのない職種で働けると思う? 耕二さんってそこまでする価値のある人? 俺は反対だ。借金のある男なんてダメだ。母さんにはもっといい人が」
「いないわよ! わのぶ君は男だから、女心が分かんないのね。私、耕二さんを愛してる。彼のためなら、別に風俗で働くことも我慢できる」
 今さら母親に母親らしさを求めない。だが、女を強調されると、和信は引いてしまう。悲しくなる。今は悲しさの原因を考えている場合ではないから、言いたいことを飲み込んだ。泣き始めた彼女の隣へ移動する。
「どうしたいの?」
 そっと肩へ触れた。昔から母親に泣かれると弱い。まるで、おまえは悪い子だと責められている気分になるからだ。だから、内心では彼女の態度に辟易しながらも、肩に手をかけて、彼女の望む息子を演じてしまう。
「返すから、絶対返すから、お金、貸して……」
「俺、そんなに貯金ない」
 家賃も光熱費も敬也と折半している。毎月の収入から三万程度の貯金をしているが、時おり、スロットで大負けするため、貯金はまだ五十万にも届いていない。
「いくらあるの?」
 和信は、「三十万」と言った。母親は頷き、前回の二万で一週間の猶予をもらったのだと続けた。
「猶予って、本当はいくら……」
 独白すると、彼女が涙を拭う。
「五十万。彼、全然払えてなくて、利子だけ膨れる状態で、とりあえず五十、用意できたら、この後の返済について相談に乗るって言われたわ」
 和信は眉間にしわを寄せる。
「利率は?」
「知らない」
「元金は?」
「……知らないわ。彼、競馬で損したって言ってた」
 罵りたい気持ちを抑えて、和信は明日、銀行から金を引き出してくると告げる。途端に目尻を赤くしている母親に笑みが浮かんだ。歪んでいると思われるかもしれない。だが、和信は相反する気持ちを持ちながらも、彼女に頼られることで安堵していた。

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