ふくいんのあしおと3 | ナノ





ふくいんのあしおと3

 遅番シフトは二十一時始まりだ。一時間と少し前に家を出た和信は、駅までの道のりを自転車で走った。途中、携帯電話が鳴ったが、駅に着いてからでいいと放置する。だが、相手は急用なのか、何度もかけてくる。
 一度、停止して、イルミネーションが点灯している携帯電話を開く。母親からだった。
「どうしたの、母さん?」
 連絡があるのはたいてい金に困った時か、男が変わった時だ。金は二日前に渡したばかりだが、男と別れたことも考えにくい。腕時計を確認して、和信は先を促す。
「わのぶ君、どうしよう……」
 母親はあせっていた。
「何?」
 やがて泣き始めた母親に内心はいらいらしながらも、和信は自転車をこぎ始めた。遅刻するわけにはいかない。サーバー監視員の仕事は社員になっても、今とさほど月収は変わらないが、ボーナスが年一回ある。来年から社員にならないかと声をかけてもらえた。今は重要な時期だ。
「金のこと?」
 なかなか話さない母親に尋ねると、彼女の肯定する声が響く。和信は携帯電話を握り締めた。
「分かった。俺、今から仕事だから、明日の朝、そっちに寄る」
 電車に揺られながら、和信は暗い気持ちになった。時々、いつまでこんな生活なのかと思う。自分自身に借金はない。スロットが好きで、軍資金をすることはあるが、金を借りてまでやろうとは思えない。
 ただ、あのうるさい空間でぼんやりとスロットをしていると、何もかも忘れられる。しかも勝ったら、金まで手に入る。働いているビルに入る前に、和信は煙草を吸った。
 母親のことを煩わしく思うことはある。だが、嫌いではない。母一人、子一人だったから、幼い頃は彼女を守りたい意識が強かった。それがようやくできる年齢になり、自己満足だが、金銭的なことであっても頼られることで安堵している。
 敬也の両親は、ともに教師だと言っていた。下に八つ離れた弟がいるらしい。あまり家族のことは話したくないらしく、よくは知らない。彼は盆や正月も実家に帰らない。
 面倒見がよく、細やかな敬也が長男だということはすぐに分かったが、過度に期待されていたのか、家族との折り合いはあまりよくない。彼が就職した会社は一流企業だと思うが、彼の両親は教職を選んで欲しかったようだ。
 弟のほうは自由奔放な性格で大学進学もせず、アルバイトで貯金し、放浪の旅をしていると聞いたことがある。そういう兄弟の温度差や両親の接し方の違いに敬也は戸惑い、悲嘆に暮れた時期があったはずだ。そうでなければ、家に帰らないという選択肢にはならない。

 夜勤明けは疲れより、空腹感のほうが大きい。和信は電車を待っている間にコンビニで買ったおにぎりを食べた。四十五分程度で駅に着く。自転車に乗って母親の住むマンションを目指した。腕時計は十一時になろうとしている。
 日曜だから当然、母親の恋人もいるだろう。多少、憂うつになりながら呼び鈴を鳴らした。中から、男物の大きなTシャツを着た母親が出てくる。肩がむき出しで寒くないのか、と思った。
 女を全面に押し出す母親を嫌いではない。ただ彼女のその女らしさは、あまりに近過ぎて、そのせいか分からないが異性は性的対象とはならなかった。
「わのぶ君……」
「泣きそうな声、出さないでくれ」
 泣きたいのは和信も同じだ。スニーカーを脱ぎ、中へ入ると、リビングは意外に片づいていた。
「いないの?」
 残念ながら、和信は母親の恋人の名前を知らない。もしかしたら、聞いたかもしれないが、忘れている。彼女は頷き、麦茶を出してくれる。
「で、金のことなんだろ?」
 母親の借金はすべて大手銀行がついているキャッシングであり、あまりにもむごい利率ではなかった。順調に返せば、あと一年か一年半で終わるだろう。

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