ふくいんのあしおと1 | ナノ





ふくいんのあしおと1

 先週は三万もすったが今週は勝てた。うるさい店内でイヤホンを外す気にはならず、多田和信(タダカズノブ)はのろのろと自動ドアからホールへ出た。レシートを持って換金所の小窓へ差し出すと、先週負けた分を取り戻してもまだ余る札が置かれる。和信は思わず、くちびるをなめた。とりあえず、これで母親が払い忘れたと主張していたキャッシングの返済額、一万五千円は確保できた。
 和信は母親とは一緒に暮らしていない。彼女は彼女で恋人がいて、和信にも恋人がいる。自転車に乗って十分もすると、彼女が恋人と暮らしているマンションが見えてきた。以前はフロアレディとして働いていたが、今の恋人ができてからは辞めて、彼の家に転がり込んでいる。
 その彼がいい人で金持ちならよかったのだが、現実にそんないい人が一人身のはずもなく、母親はいつものパターンにはまっていた。いつものパターン、というのは彼女自身も数社からキャッシングしていて、返す金どころか、食費にさえ苦労しているにもかかわらず、恋人も同じような状態ということだ。
 和信はコンクリートの階段を上り、二階の一番奥の部屋まで歩いた。そろそろパーカー一枚を羽織っただけでは足りない。呼び鈴を押してしばらくすると、母親が下着姿のまま出てきた。幼い頃から見慣れているため、今さら驚いたりはしない。
「あ、わのぶ君、来てくれたの?」
 母親自身が「和信」と名づけてくれたのに、彼女はいつも「かずのぶ」ではなく「わのぶ」と呼ぶ。
「スロットで勝ったんだ」
 財布から一万円札を二枚取り出し、和信は母親に差し出した。
「わぁ、ありがとう! ね、上がってって」
「いいよ。ちゃんと返済にあててくれよ。また何かあったら連絡して」
 現在の母親の恋人は今までの恋人と違っていいところもある。きちんと働いていることだ。昼間はいつ来てもいない。頼まれても会いたくない和信にはちょうどいい。彼女の男癖の悪さを見ながら育ったため、物心がついた頃から恋人として紹介される男と会うことじたいが苦痛になった。どうせ一年も持たないと思っていることもあり、現在の恋人とも会ったことはない。
 自転車に乗った和信はゆっくりとペダルをこいだ。休日は自転車で移動することが多い。母親の住んでいるところから、さらに二十分ほど行くと、和信が恋人と暮らしているマンションがある。部屋に入る前に自転車置き場で煙草を吸った。恋人の窪田敬也(クボタケイヤ)は煙草も酒もギャンブルも嫌いな真面目人間だ。だらしない母親を見て育ち、自分自身もいい加減に生きている和信は、自分とは正反対の敬也と暮らしている。
 敬也は和信が煙草を吸うことも酒を飲むことも許してくれる。ただし、部屋の中ではしない。それが二人の間のルールだった。彼は和信が休日にスロットを打ちに行っていることは知らない。ばれたら大げんかになりそうなため、和信は細心の注意を払って遊んでいた。
 土日祝日が休みの敬也と違い、和信は四勤四休のシフト制で働いている。休みが被ることは一ヶ月の内に二日か四日程度で、和信には遅番シフトがあるため、平日の夜でも四勤中はまったく会わない日もある。
 煙草を携帯灰皿で潰してから、和信はエレベーターで五階へ上がった。エレベーターを降りてすぐの部屋だ。鍵を開けて中へ入る。家事はほとんど敬也がしてくれる。彼はとても真面目で優しい。彼を選んだのはある意味、打算とも言える。裏切ることはあっても、裏切られることはないと本能的に感じていた。
 クラブのイベントで知り合い、同棲を始めておよそ一年になるが、和信は穏やかな今の生活を気に入っている。敬也の前に付き合っていた男とは三ヶ月も一緒にいられなかった。似たような人間のほうが気が合って楽しいと考えていたが、それは間違いだったようだ。
 冷蔵庫の中には昨日の夕飯の残りがあった。キャベツと豚肉を炒めたものだ。和信はそれを電子レンジへ入れる。たまには自分が何かを作って、敬也の帰りを待っていてやるか、と電子レンジの音を聞きながら考えた。

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