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 総一郎の話を要約すると、彼は洋平にプロポーズしたいらしく、要司の経験を参考にしたいということだった。すでに博人にも聞いたらしいが、博人と俊治は特にそろいの何かを持っているわけではない。強いて言えば、と得られた回答は、毎日、おいしいカクテル作って、と俊治に頼み、いい気分になったところで三回ほどセックスをして、またおいしい酒を飲む。毎日プロポーズをして、毎日新婚みたいな気分だ、とのろけ話で終わったらしい。
 いかにも博人らしい回答に要司は笑った。少し異なるが、彼もまたある種の偏った愛し方をしていると思うことがある。たとえば、英語が分からない俊治が劣等感を抱いたりしないように、旅行はいつも国内だったり、家事全般が得意ではない俊治のために、率先して家事をしたりする。初めて聞いた時は博人が家事をする姿がイメージできず、失礼ながら笑ってしまった。だが、それも愛の成せることなんだ、と思うと可愛らしく思えてくるから不思議だ。
「何て言って渡したのか、差し支えなければ教えて欲しい」
 総一郎の言葉に、要司はシルバーリングを渡した日のことを思い出した。
 左官として十年以上働き、事務所の親父さんからそろそろ左官技能士の一級を受けたらどうかと言われた。ちょうど慎也もほぼ店長としての立場におり、実際に店長にならないか、とオーナーから声をかけられていた時期だ。あの頃は互いに仕事や試験で忙しくなり、あまり二人で過ごす時間が取れなかった。
 ある日、久しぶりに同じ日の休日をだらだらと過ごしていると、テレビに結婚式場のコマーシャルが流れた。普段なら別に何とも思わないが、指輪を交換するシーンを食い入るように見つめている慎也に気づいた。そういえば、毎年、誕生日は旅行だったり、食事だったりで何か形に残るものではない。一生愛すると言葉にしているが、揺らぐことないの心は残念ながら目で見えるものではなかった。
 要司はすぐに思い立ち、慎也のためにシルバーリングを購入した。プラチナは高くて手が出せない。だが、慎也は贈り物にいくらかけたかで人を判断する人間ではない。指にはめてもいいと思ったが、彼が気にするだろうと思い、チェーンも購入した。要司自身は手先を使い、汚れる仕事なので、指輪はしない。その代わり、同じデザインのピアスを作ってもらった。
 でき上がったものを取りに行き、要司は慎也の誕生日である四月まで待つつもりだった。だが、実際に家へ帰り、夕食の用意をしていた慎也の姿を見ると、待つことなんてできなかった。
「要司さん、おかえりなさい」
 リクエストしていた大根と豚肉の煮つけの香りが室内に広がっている。慎也らしい優しい味つけのそれは、要司の大好物だった。エプロンをしたまま迎えた彼は、冷蔵庫からビールを取り出す。勝手口ではなく玄関から入ってきた日は、そんなに汚れていないから、すぐに風呂場へは行かない。ソファに座ると、すぐにグラスへビールが注がれた。
「お疲れさまです」
 慎也だって働いているのに、彼は出迎えることができる日はこうしてビールを注いでくれる。コマーシャルを食い入るように見つめていた眼差しと、こちらを見てほほ笑む視線が重なった。慎也はいつもそうだ。彼から何か欲しい、とねだったことはない。今すぐに渡さないといけない。要司はそう思い、ポケットから箱を取り出した。
「慎也、座って」
 ソファの隣に座らせて、要司は箱をテーブルへ置いた。
「いつもありがとう」
 礼の言葉から始めると、慎也は要領を得ず、怪訝な表情を見せる。
「一生かけて俺がどんなにおまえを愛しているか分からせるって言ってから、だいぶ時間が経ったな。俺達はまだ一緒に暮らしていて、俺はすごく幸せだ」
 慎也が小さく、「俺もです」と言って赤くなる。
「口約束じゃないってことを分かって欲しくて、これ、用意したんだ。本当はおまえの誕生日か旅行の時に渡そうと思ったんだが」
 箱のふたを開けて中身を見せると、慎也が息を飲んだ。シルバーリングとチェーンがきらきらと輝く。
「おまえの顔、見たら、今すぐに渡したいと思った。特別な日じゃなくて、おまえがいてくれる、こういう日常のほうが、何て言うか、幸せだから」
 要司はチェーンだけを慎也の首へかけて、指輪はそっと薬指へはめた。それから、軽く触れるだけのキスをする。
「慎也、大好きだ」
 ここ数年でずいぶん芯の強さを見せるようになった慎也だが、自分の前では相変わらず泣き虫だ。子どもみたいに顔を赤くして、嬉し泣きしている彼を見て、要司は幸福を感じた。

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