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vanish そして1

 要司は仕事を終えた後、原付きバイクにまたがり、待ち合わせ場所へ向かう。総一郎と喫茶店で会う約束だった。
 慎也が働く『ブォンリコルド』の常連客である若野洋平が恋人である川崎総一郎を連れてあいさつに来た。洋平は体が弱く、以前、家で看病したことがある。その礼だった。それから、時おり、四人で会ったり、『ブォンリコルド』つながりの俊治と彼の恋人の博人と六人で食事したりすることが多くなった。
 総一郎と暮らし始めた洋平は、本当に時々しか会わない要司ですら気づくほど、血色がよくなり、元気になった。どういう事情かは聞いていないが、一度だけ洋平が入院した時も、見舞いに行ってきた慎也が、あの二人は大丈夫だと言っていたのを思い出す。
 傍目に見ても、総一郎の溺愛ぶりは凄まじい。要司はもちろん彼の気持ちを理解できる。要司だって、もしも十分な収入があったなら、慎也に家で好きなことをして過ごして欲しいと思っている。同時に、博人がうなるほどの金を稼ぎながら、働きたいという俊治の気持ちを尊重して働かせていることも理解できた。
 男として、博人と総一郎の月収に追いつかないことは悔しい。博人はデザイナーズマンションに住み、総一郎は高級住宅街の一戸建てを所有している。自分も一戸建てに住んでいるが、庭はなく、賃貸契約の家だ。不要だから仕方ないが、車すら持っていない。
 慎也に肩身の狭い思いをさせたくなくて、左官技能士一級の資格も取り、事務所での役職も上がった。月収も以前に比べればずいぶん多くなった。それでも、慎也に将来的な不安を抱かせているのではないかと考えることがある。
 総一郎とは仕事のことで時々、電話がある。建設業を営んでいる彼の会社とは、下請したり川崎グループ傘下の会社からさらに下請したり、と色々絡むことが多い。今日も仕事のことかと思っていた。
 上からジャケットを羽織ったものの、仕事帰りのため、やはり汚れが目立つ。おまけにニッカポッカをはいているため、遠慮がちな視線を感じた。要司はホテルのカフェで待ち合わせるよりはましだと思い、席につく。
 店員にホットコーヒーを頼み、灰皿を引き寄せた。今日は総一郎と会うことを事前に言ってあるため、特に慎也からのメールはなかった。鈴が鳴り、煙草を吸いながら、視線だけ向けると、ダークブラウンのロングコートに若草色のマフラーを緩く巻いている総一郎が入ってきた。
 視線の持つ意味は異なるだろうが、総一郎も店内の人間から遠慮がちな視線を向けられている。
「待たせたか?」
「いや、俺も今、来たところ」
 総一郎も博人も、年齢が近いため、敬語はいつの間にか使わなくなった。彼が禁煙していると知っているので、要司はすぐに煙草を消す。総一郎もホットコーヒーを注文し、ほぼ同時に運ばれてきた。
「洋平君は元気?」
「あぁ」
 二人はだいたい月一程度の割合で『ブォンリコルド』で食事しているらしく、最近の様子は慎也から聞いていた。彼の溺愛ぶりは、けん制のためだけに来店している博人さえ絶句しているらしいから、推して知るべしだ。彼が洋平の口の端についたソースを舌でなめ取るのではないか、と冷や冷やしていた俊治が、ペアシートを作って、カーテンを閉めきりたいとぼやいていたらしい。
「実は、今日は仕事のことじゃないんだ」
「あ、うん、何?」
 隣の席の背もたれにコートとマフラーを置き、総一郎は小さく溜息をついた後、コーヒーを飲んだ。それを見て、要司もコーヒーを飲む。
「会田の首から下げているシルバーリングなんだが……」
「っう」
 熱いコーヒーにむせると、総一郎がペーパーナプキンを渡してくれる。
「あ、ありがとっ、う」
 慎也の首にシルバーリングがあることは、ほとんど知られていない。おそらく仕事で着替えの時に見ることができる俊治くらいだろう。一瞬、総一郎が確認したように聞こえてむせてしまったが、洋平経由でそういう話を聞いたのかもしれない。
「あ、言い方が悪かったか? 俺はもちろん直接見てない。洋平が会田から話を聞いてな」
「う、うん、悪い。俺も早とちりした」
 要司は話を促す。

それから4 そして2

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