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 トキはユズリの腕に抱かれ、城の中へ入った。何も見えなかったが、トキはまたここへ戻ってきたことが嬉しくて、かすかなほほ笑みを浮かべる。
「皆、元気?」
 トキの問いかけにユズリが返事をする。
「トキ、長かったでしょう? 私達にとっては、あなたがここへ精霊王を連れてきてくださったのは、まだ昨日のことのようです」
 まったく異なる時間の流れ方に、トキは苦笑するしかなかった。だが、過ぎ去ってしまえば、トキにとって永遠と思えた辛い日々は一瞬だった気がする。
 扉が開く音と同時に、精霊樹の精気を感じた。ユズリが、「下ろします」と柔らかな場所へトキの体を置く。トキは自分の座った場所へ触れた。土と柔らかな葉だ。緑の香りが漂っている。
 目の前に気配があり、トキは顔を上げた。声を聞かなくても分かる。グリーンの瞳に涙があふれた。
 ハルカ。
 心の中で名を呼んだ。手を伸ばす。温かい手の平が、トキのさまよう手に触れた。
「トキ」
 相変わらず、冷たい声だった。それでも、トキは名を呼ばれたことに瞳を輝かせる。その様子を見ていた精霊達は視線をそらし、くちびるを噛み締めた。
「ヤマブキの森をこの森のようによみがえらせるためには、多少の犠牲が必要になる」
 労いの言葉がないことは当然だと思った。優しい言葉を期待しているほうがおかしい。学園をただしたのも、戦争を回避したのも、トキではなく、反王国組織だ。
 トクサはトキがゼンレン国王の注意を引いていたから、ルシュタト王国と迅速に話し合いの場を作ることができた、と言ってくれた。だが、それが慰めであることは分かっている。
 トキは役立たずだった。ずっと忘れたことにしていた記憶がよみがえる。トキのことを無視していた父親が一度だけ、口を動かした。まだ五歳の頃のことだ。その時は分からなかった言葉を口にした時、トキは父親からの愛情を永遠に与えてもらえないのだと知った。
 どんな相手であっても、トキは決して相手を殺さない。父親から言われた、「人殺し」という言葉がトキの心を縛りつける。罪人の魂は精霊石に宿らない。そんな迷信を信じていた。
 トキは犠牲が必要だというハルカの言葉を静かに受け入れる。
「おまえが連れてきた人間を犠牲にしてもいいか?」
 思わず頷きそうになる。だが、トキはトクサが家族を作ろうとしていることを知っていた。自分よりずっと価値のある人間だと分かっていた。
「あいつの血を砂に吸わせる。土は捧げ物にこたえ、種を育ててくれるだろう」
 トキは喉を鳴らした。こらえても涙があふれ、呼吸が乱れていく。握った拳に葉が潰された。黒い感情がわき上がる。どうしていつも自分だけが苦しいのだろうと思う。
 だが、トキはすべてを飲み込んだ。醜い感情を消して、笑みを浮かべる。
「ダメです……」
 トキはしっかりと顔を上げて笑った。
「俺が代わりになります」
 ハルカの役に立てるなら、ヤマブキの森を緑に変えることができるなら、何の価値もない自分を捧げることに後悔はない。
「あの熱砂がみずみずしい森に変わるなんて、俺の血を吸った土で種を抱けるなんて、とても神聖で光栄なことです」
 心からそう思った。
「……悔いはないのか?」
 ハルカの声はかすかに震えていた。トキには見えないが、ハルカは黄金色の瞳をにじませ、白い頬には涙の筋ができていた。
「ハルカ、あなたの役に立てるなら、喜んで死にます」
 それから、いつか罪が許されたら、精霊石に宿って精霊になりたい。それが許されなくても、ヤマブキの森を抱く土になることができる。自分は幸せ者だと思った。
「ただ……一つだけ、お願いがあります」

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