karuna14 | ナノ





karuna14

 視力を失くす寸前に見たのはハルカの美しい黄金色の瞳だった。その色がトキの脳裏に焼きついて離れない。真っ黒な世界で、トキはハルカのことやヒイロの森の景色を思い出した。
 葉の間から射す木漏れ日や深い緑のコケ、それを踏みしめた時の感触、すべてがこの乾いた砂混じりの土地では恋しく思える。
 トキはレンガの壁に手を当てた。窓は高いところにあり、唯一の出入口である扉には鍵がかかっている。この身一つでできることは限られていた。戦争は止められず、トキが部屋の隅で己の不甲斐なさを嘆く間も、王国同士の領土をめぐる争いは続いている。戦況は分からないが、国境付近で小競り合いが起きていることは聞き及んでいた。
 学園へ戻り、人としての尊厳をすっかり奪われた後、トキはゼンレン王国へ売られた。一年もの月日が過ぎようとしているが、トキには朝か夜かも分からない状態だった。
 部屋の隅で小さく丸くなったトキは、ゆっくりと目を閉じる。もともと細かった体は、さらにやせ、今にも消えそうな危うげな雰囲気は、目を閉じていても漂っている。体中にある傷痕は、この一年、トキがここでどのように扱われているのかを物語っていた。
 ゼンレン王国国王は、奴隷として売買されている精霊達に拷問に近い凌辱を与えていたが、血の流れない彼らに飽きた。彼らは痛がり、泣き叫ぶが、赤い血が流れることはない。国王はそれから、人間の奴隷しか買わなくなった。
 戦争が始まった時、自分も精霊使いとして戦うのかと思っていた。だが、国王はトキをこの部屋へ閉じ込め、鞭やナイフの他にも様々な道具を使い、トキを犯し続けた。精霊達の代わりになり、彼らをこの苦痛から救えたことはよかった。ハルカは満足してくれるだろうか。これだけで、よくやったと言ってくれるだろうか。

 人の気配を感じて、トキは目を開く。一人ではない。複数の気配だった。
「……マジかよ」
 一人の声を皮切りに、複数の声が上がる。精霊使いも混じっているのか、トキは精霊の気配も感じた。ここは王城の寝室の奥だ。ここでまで入ってきているということは、ルシュタト王国の軍人だろう、と予測した。
「おまえ、数年前から消息不明になってた精霊使いのトキだろう?」
 至近距離から声が聞こえ、トキは後ずさる。戦況は一切知らないトキだったが、ここまでルシュタト軍が入り込んできたということは、ゼンレン王国は負けたということだ。王国が一つになったところで、そこへ至るまでに出た犠牲やこれからも広がり続ける砂漠地帯を思えば、ハルカはきっと認めてはくれない。
「てっきり母国のルシュタトへ帰ったのかと思ってた」
「なぁ、ちょっと……」
 ざわめきから逃れるように、トキは頭を腕で覆った。部屋にはベッドのような台とトキを苦しめるための道具が置かれている。トキがうずくまっている場所の反対側には水浴びと排泄ができるように別の個室が続いていた。トキの体と部屋を見れば、どんなに鈍い人間でも、ここで何が行われていたのか想像がつく。
 トキの体に柔らかな布が落ちてきた。久しぶりの感触に、その布をつかむと、最初に聞こえた男の声がした。
「とりあえず、連れて帰る」
「トクサ」
「力になるかもしれないだろ? 学園で有名な精霊使いだと聞いたことがある」
「でも、今は精霊と契約してないよ」
「これから、してもらえばいいだろ」
 温かい手が、トキの腕をつかんだ。
「トクサ、待って。こいつ、目が見えてない」
 トクサと呼ばれている男は、そのままトキを立ち上がらせようとする。だが、トキが立ち上がることはない。布で隠れていた足へ、皆の視線が集まる。まっすぐに残っている傷痕が両足首にあった。
「腱を切られてる。自力で歩けないんじゃ、役に立たない」
 役に立たない、という言葉を聞いた瞬間、トキは呼吸を乱し、大粒の涙をこぼした。ハルカの名を呼んでも、泣き叫んでも、トキの世界は黒く染まったままだった。ゼンレン国王に言われた屈辱的な言葉の数々が、トキの心を狂わせていく。悪夢はいつも同じだ。最後にハルカが現れて、「学園へ戻れ」と冷めた声で言う。トキは呼吸をやめるかのように嗚咽を止めて、その場へ倒れ込んだ。

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