karuna12 | ナノ





karuna12

「おまえ達はトキのことを何も分かっていない。トキ」
 ハルカの黄金色の瞳が優しく光る。
「代償が命だとしても、おまえは私のために契約を解除する。そうだろう?」
 トキの冷たくなっている手に、ハルカの温かい手が重なる。ぎゅっと手を握ってくれた。トキは精霊樹の精気を見た。ハルカはこの森を守らなくてはいけない。
 これまで見てきた森の景色を思い出す。自分一人のわがままで、この森を破壊するわけにはいかない。それに、ここで死ぬなら、確実にハルカの腕の中で逝ける。
 トキはハルカを見た。解除の言葉を紡ぐ。
「トキ!」
 スィン達が声を荒げたが、トキが契約解除の言葉を間違えるはずもない。目の前が白くまばゆい光に包まれた後、トキの世界が黒一色になった。
 まだ呼吸している。まだハルカの手の温もりを感じる。
「……ハルカ?」
 呼びかけると、ハルカの指先が頬を滑る。
「ありがとう、トキ」
 真っ暗な世界で、くちびるにハルカのキスが落とされる。トキは泣いていた。薄いグリーンの瞳がハルカを捜す。だが、その瞳にはもう光が宿っていない。視力を奪われたことに、怒りなどなかった。悲しみもわいてこない。ただ、ハルカの姿が見えないことを不安に思った。
「トキ」
 呼ばれたほうへ顔を向ける。ハルカを捜して、手を伸ばした。
「とても役に立った。あのまま学園にいては、いつまで経っても石から抜け出せなかった。ここまで来ることができたのは、おまえのおかげだ」
 さまようトキの手をハルカは取ってくれない。代わりに精霊達が、その手を伸ばした。
「ハルカ」
 トキが呼んでも、ハルカは答えない。トキは声を上げることなく、涙をこらえるように歯を食いしばった。ひざをつき、精霊王へ呼びかける。
「お願いです。俺をここへ、ハルカのそばにいさせてください」
 父親の時のようにはっきりと拒絶されるのが怖かった。おまえは不要だと言われるのが怖かった。ハルカだけが、手をつないでくれた。ハルカだけが、抱き締めてくれた。ハルカだけが、おまえは必要だと言ってくれた。今も、役に立ったと言ってくれた。
 押し潰されそうなほどの焦りと恐怖から、トキは自分の胸を押さえる。トキは愛を知らずに育った。周囲の無関心さに慣れているはずなのに、ハルカから無視されることは耐えがたい苦痛となった。
「おまえと我々の時間の流れは異なる。ここには水はあるが、人間が満足するような食べ物はない。おまえがここにいても、異質な存在でしかない」
 精霊王の言葉に、トキは嗚咽を漏らす。そばにいたいだけなのに、どうして許されないのだろう。ただ抱き締められるだけで、トキはとても幸せで、それ以上に望むものなど一つもない。
「ハルカ……役に立つよ、俺、役に立つから、ここへ戻っていいって、あなたのそばにいてもいいって、言ってください」
 ハルカからの返事はなかった。さまようトキの手をスィンがつかむ。
「もう一度、契約を。トキ、私の力では視力を戻すことはできない。だが、あなたの剣にはなることができる」
 ユズリやイズ達も声を上げた。トキはその申出に首を横に振る。ひたすらハルカの名を呼んだ。契約の解除は予測していた。ヒイロの森へ着いたら、今度は一人で旅に出る。そして、またここへ精霊達を帰しにくるのだ。少なくとも最初はそう考えていたのに、いつから、ハルカとともに暮らしていくことを夢見たのだろう。
 精霊王の言う通り、自分達は相容れない。役に立たなくては、とそのことばかりを考えた。役に立ち、必要な奴だと思ってもらわないと、ハルカにいらないと言われる。その恐怖から、トキは指先まで震わせて泣いていた。
 嗚咽から激しくせき込んだトキのそばに、ハルカの気配が近づく。
「トキ」
 名を呼ばれたことに歓喜しながら、トキは顔を上げる。ハルカが告げた言葉は、鋭利な刃物で切りつけるよりも酷薄なものだった。

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