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karuna4

 夜の砂漠を歩きながら、トキは昔のことを思い出して感傷的になっている自分を嘲笑った。精霊使いとして学び、今から一年半ほど前にルシュタト王国かゼンレン王国か、どちらか選べと学園側に言われ、トキはその日のうちに学園を逃げ出した。
 ハルカはいつも気配を隠している。二人だけの時しか出てきてくれない。人間達の争いに精霊達を巻き込むな、と体中の印がざわついていた。すでに五つもの契約を結んでいたトキだが、ハルカとの契約だけは誰にも悟られていなかった。ハルカの印はトキの左胸を囲むようにして現れている。だが、ハルカはそれを隠す力を持っていた。
 学園を逃げ出した夜も、こうして砂の中を歩いていた。トキは月と星の位置を確かめながら歩く。トキの旅の目的は世界中に散らばる精霊石を見つけて、ヒイロの森へ帰す、というものだ。
 精霊石がいつ、どのように生まれ落ちるのか分からないが、創世記によれば、まず初めにあったのは森だとされている。この世界は大きな一つの森だった。トキはもちろん見たことはないが、創世記にはこの世界の果ては空とつながり、そこで亡くなった者達の魂が空から石へ宿るのだとされている。代々、精霊王がこの森を統治し、生まれ落ちた精霊達を解放していた。
 この世界で、人間は少数であり、太古の昔から、精霊達の暮らす森へ入らないように言い伝えられてきた。精霊達の精気は通常、百年ほどでつきる。その時、彼らは木に宿るとされている。精霊王はその十倍もの時を生き、最後にはヒイロの森にある巨大な精霊樹へ宿ると聞いたことがあった。
 創世記をでたらめだと言う者もいるが、トキは信じている。亡くなった者達の魂が精霊になり、森の中で安らかに、幸せに、もう一度、生きているというおとぎ話は、母親を亡くしているトキにとって、心の拠り所となった。
 トキには抱き締められた思い出がない。手をつないだ記憶もない。夜、心細くなり、泣いていると、ハルカがいつの間にか現れて抱き締めてくれた。精霊は相手の望む姿で現れてくれる。ハルカはいつもたくましい男性の姿で、表情は冷たいものの、女性のような美しい顔立ちをしていた。
「ヒイロの森を目指せ」
 学園を逃げ出した夜、ルシュタト王国領へ向かって歩き出したトキに、ハルカはそう指示した。双方の王国から求められていたトキは、どちらの国にも行く気はなかった。だが、どうしても家を見たかった。すでに六年ほどが経っていたが、父親と義理の母親の姿を確認したかった。
 家を出た時は学園からの迎えがあったが、歩くしか手段のないトキは、七日以上かかる道をひたすら進んだ。目深に布を被り、ルシュタト王国内へ入った後、意外にもはっきりと覚えている家までの道を歩く。
 レッドブラウンとホワイトで統一されているレンガ造りの建物をいくつも通り過ぎ、路地裏を抜け、六年前に住んでいた家までたどり着いた。トキの父親は地位のある役職についているため、住んでいる場所も家も立派なものだ。その家が以前よりも大きく、さらに豪華なものへと変わっていた。
 建物の壁に隠れて、しばらく懐かしい玄関を眺めていると、義理の母親がきらきらと光る宝石で彩られた衣装を身にまとって出てきた。彼女のすぐうしろを六歳くらいの女の子が追いかけてくる。心臓をつかまれたような気持ちになった。トキは呼吸も忘れて、その光景を瞳に映す。
 父親が出てきた。笑いながら、女の子を抱き上げ、その頬にキスをする。それから、慈しむような手つきで、義理の母親の膨らんだ腹をなでた。トキは壁に背中をあずけ、そのままそこへ座り込んだ。口を手で押さえたが、うなるような嗚咽が漏れる。うつむくと、布を巻いた頭をなでる手があった。
「ハルカ……俺は、いらない、ですか?」
 嗚咽を上げながら尋ねると、ハルカはくちびるを耳元へ寄せて言ってくれた。
「私にはおまえが必要だ」
 黄金色の瞳が優しく弧を描く。先ほど父親がしていたように、トキはハルカからキスを受けた。異なっていたのは、頬ではなくくちびるに受けた点だけだ。
「瞳の色は無理だが、肌と髪は色を変えたほうがいい。おまえはいい意味でも悪い意味でも目立つ」
 キスの後、トキのくちびるを指先でなでたハルカが、苦笑しながら言った。

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