karuna3 | ナノ





karuna3

 街道の脇にあった荷物を抱え、精霊を抱き、ひとまず休める場所へと歩き始めると、ハルカが言った。精霊と契約を結ぶには代償が必要になる。トキはオアシスまで足を止めず、口を開かなかった。
 ヤマブキの森へ近づくほど、街道は砂で覆われ、道は見えなくなる。点在しているオアシスも小規模なものばかりだ。トキは荷を下ろすと、精霊を荷物へもたれさせ、その顔をのぞく。
「トキ」
 ハルカが咎めるような口調で名前を呼ぶ。
「大丈夫です。一人でも多くの仲間を救いたいと言っていたじゃないですか」
 精霊のかすかに開いた口や、マントの間から白いもやのようなものが流れている。精気は血のようなものだ。このまま放っておけば、この精霊は消えてしまう。
 トキは腰に巻いている布から短刀を取り出した。契約を結ばなければ、この精霊は石へ戻すことになる。石へ戻せば傷の治りは遅い。ここまで弱っているなら、契約をするほうがいい。
 短刀の刃で右の親指の腹を切り、トキはあふれた血を精霊のくちびるへつけた。
「イズ」
 名を与えると、精霊の瞳が開く。美しい薄紫の瞳だ。トキはゆっくりと話した。
「君が望むものを考えながら、俺の血を取り込んでください」
 イズ、と名づけられた精霊は、薄紫の瞳でトキのことをじっと見つめた。契約の瞬間はいつも同じだ。トキが契約する精霊達はこうして自分のことを見極めるように見つめてくる。彼らが何を対価として要求しているのか、トキは知らない。体中に増えていく契約の印は、トキから体力を奪っている。倒れずにいられるのは、ハルカの力のおかげだった。
 親指の腹をイズの舌がなめる。ぴりっとした痛みの後、イズの姿が消え、左の首筋が熱くなった。トキは荷物の中から首巻きを取り出し、首の印を隠す。
「っ……く」
 砂にひざと手をつき、うつむくと、汗が落ちた。ハルカの力があるとはいえ、トキ自身の器はすでに限界にきている。黒く染めた髪をそっとつかまれ、顔を上げると、ハルカの手の平が額に当たった。体にかかる負荷が消えていく。
「ハルカ」
 黄金色の瞳が、「何だ?」と問う。トキは目を閉じて、ハルカへ礼の言葉を述べた。

 トキが学園へ入ったのは、六歳の頃だ。母親は出産時に命を落とした。通常、母体が優先されるが、彼女は助からず、トキだけが残った。父親はルシュタト王国の第二兵団団長であり、彼女のことを心から愛していた。そのためか、彼のトキに対する態度は、他人と一つ屋根の下に暮らしているようだった。
 父親はまだ幼かったトキのためと周囲へ漏らしつつ、寂しい思いを消すために、別の女性と結ばれた。義理の母親は父親と同じようによそよそしかった。幼心に彼女の気を引きたかったトキは、彼女が父親からもらっていたきらきらと光る宝石を取りにいこうと思いついた。
 トキが一人で遊んでいる森に、時おり、きらきらとした石を見つけていたため、トキはそれが宝石であると勘違いしていた。数日歩きまわり、三つほど集め、彼女へ差し出すと、彼女は、「汚い石」と罵った。トキは精霊石が自分にだけ輝いて見えるのだと知らなかった。
 振り落とされた精霊石から精霊達の声を聞き、トキはそのことを彼女へ告げた。その瞬間の彼女の嬉しそうな笑みは今でも目に焼きついている。学園から金がもらえるためだと知るのはずっと後のことで、トキは精霊使いがとても高貴な職業なのだと思っていた。
 父親は覚えている限り一度も抱き締めてくれなかった。学園へ発つ朝も、彼は見送りもしなかった。何度も石畳の道につまづきそうになりながら、トキは家のほうを振り返った。誰もトキのことを見送りにはこなかった。

 首巻きを目の下まで引き上げ、トキは地図を取り出した。世界地図ではなく、ヤマブキの森だけの地図だ。ヤマブキの森は広大な砂漠地帯となっており、月と星の位置を頼りに歩くことしかできない。最後のオアシスで飲み水をくみ、日陰で休んだ後、日が沈んでから出発した。ヒイロの森へ入るためには、一度、南へ下り、東へ上がる。ヤマブキの森を避けて通ることはできない。

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