karuna2 | ナノ





karuna2

 ハルカは完全な人型で現れていた。黄金色の瞳はいつも感情などないように見える。だが、精霊達にももちろん感情や痛覚はある。人間で言うところの死という概念と同じく、精気がつきれば存在が消えてしまう。
「……凌辱されている」
 まるで何でもないことのように、ハルカが言った。だが、ハルカが誰より心を痛めていることは分かる。トキは腹に溜まる怒りの源を制するように目を閉じた。目を開けてから、砂にまみれた街道を駆ける。
 エイチの街まではまだ三十キロ以上はある。夜の涼しいうちに数時間、休憩でもしているのだろう。視界に行商の旗印を発見した瞬間、ハルカが消えた。トキは背負っていた荷を落とす。
「スィン!」
 右の手の平に光が宿り、剣に変わる。見張りの一人がトキに気づき、護衛として雇われている男達が出てきた。トキは五人の男達を見ても、顔色一つ変えず、手の中の剣を振りかざした。トキが学園で優秀だと言われていた理由は二つある。一つは精霊の声を逃さず、相性の悪い精霊とでも契約を交わせることであり、もう一つは剣を使った敏捷な攻撃だった。
 平均程度の身長と細身の体から、速さは予想できても、その動きが予想を上回っているため、たいていの者はトキについてくることができない。さらにハルカと契約を交わしてからは、力も手に入れていた。
 あっという間に五人の男を砂上に倒す。酒を飲んでいる商人とその一行を足蹴にして、悲鳴の漏れているテントへ入った。人型で強制的に出てきている精霊は、名も与えられず、男達によって蹂躙されていた。
「どけっ」
 トキは剣と化していたスィンを印へ戻し、素手で男達を振り払う。とつぜん現れたトキに商人は驚いていた。褐色の肌に不釣り合いなグリーンの瞳と手入れされていないもつれた黒髪にもかかわらず、彼の容姿は人目を引いた。
 トキは自分を見る男達の目に舌打ちしつつ、台座の上で凌辱を受け、全身を震わせている精霊を確認した。彼らは通常、人型で出てくる。武器や防具で彼らの力を引き出せるのは、精霊使いだけだ。
 そして、精霊達は性別を持たない。相手に応じて変化させることができる。飲まず、食わず、孕まずの彼らは奴隷市の主役だ。強制的な力で石から引きずり出され、名を与えられず辱められる。名がない状態では石から離れられず、森へ帰ることができない。
 トキは上着として羽織っていた麻布で編まれたマントを精霊へ被せた。泣いている精霊の痛みがダイレクトに左胸へ伝わる。
「もう大丈夫だからね」
 トキがその華奢な腕で精霊を抱えると、商人が声を上げた。
「その精霊はうちの商品だ!」
「精霊は商品ではありません」
 腕の中の冷たい手が、肩をつかんだ。商品ではないと言いきったトキの言葉に、精霊の感情が伝わってくる。
「落ちていたものを拾っただけだ」
 商人の主張に、トキは笑うしかない。歴史の勉強などしたことがないであろう人間に、この世界の創生を語るのは、語るほうにとっては拷問だ。トキは抱えていた精霊を一度、台座へ戻す。右手から剣を出して、商人のほうへ切っ先を向けた。
「あなたを殺せば、ここに落ちているものを拾っていけますね」
 トキは狙いを定めて、商人の首筋へ刃先をゆっくりと刺す。
「っひ、あ、分かった、持っていけ、それは、もういらない」
 首筋から剣をずらし、商人の右足を切りつけた。わざと筋肉と骨の間の組織を傷つけるようにえぐる。悲鳴が上がったが、トキは他の男達にも同様の傷を負わせた。
 ずいぶん甘い、という声が体の印から聞こえてくる。トキは苦笑して、震えている精霊へ手を伸ばした。
「おいで」
 大きな瞳が何度も瞬きを繰り返しながら、トキを見据えた後、すべてを委ねるように体をあずけてきた。
「許容を超えている。契約は結ぶな」

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