karuna1 | ナノ





karuna1

 トキがヤマブキの森を抜けることを決めると、途端にミッツが反対した。ミカミの街へ行くには、その経路しかないのだが、それでもヤマブキの森は危険過ぎるというのが理由だ。
「君が避けたい気持ちは分かるよ」
 トキは大陸服を脱ぎ去り、薄い布服に着替え始める。昼は汗すら蒸発してしまう灼熱の地獄は、夜には一気に冷え込む。きれいに大陸服をたたみ、荷物の中へ強引に押し込むと、彼はすでに方向を定めた。
「砂漠などどこも同じだからね。君がいたあの場所も確かヤマブキの森のそばだった」
 あんなに広い砂の海の中、よく見つけられたと自分で感心すると、トキは許容量を越え、はちきれんばかりに膨らんだ荷袋を背負う。
 重い荷の上にさらに水袋を肩にかけて、トキは歩き出す。
 砂漠が近いためか、風は砂をはらむ。かつて、そのほとんどが森として存在していた場所には道が造られた。森があることが当たり前だった時代など、もう昔話だ。だが、森は人々から畏れられている。特にここからずっと東にあるヒイロの森には、精霊界を司る精霊王が暮らしていると言われていた。
 精霊王の怒りはこの砂漠の熱を上回る。森が消えたのは、人間達が土地を拓いたからだ。今から数百年前に戦争が終わった後、民は生活を立て直し、街を造り直した。平和は人間達に富をもたらすが、爆発的な人口増加により、深刻な食糧不足と土地不足に陥り、神聖な力が宿ると伝えられてきた森へ手を出した。
「印に戻る?」
 トキがミッツに尋ねると、ミッツは頷いた。精霊達は暑さに弱い。彼は左手の手袋を外して契約印をさらす。小さく契りの言葉を唱えると、ミッツの姿はふっと消えた。
 遠くから行商が向かってくる。精霊と契約を交わせるのは、生来、特殊な力を持つ者だけであり、そういった力を持って生まれた者は学園で育てられる。学園はこの大陸を二分する王国のどちらにも属さない中立の機関だ。トキはその学園で優秀な精霊使いとして生活していた。
 行商が通り過ぎるのを道の端で待っていたトキは、扱われている商品の中に精霊石が含まれていることを見抜いた。だが、ここでその精霊を助け出すわけにもいかず、ただ沈黙を守り続ける。学園を逃げ出した彼は学園と二つの王国から追われる身だ。そっと左胸を押さえたトキは、静かに行商を追った。

 精霊石はこの世界のいたるところに落ちている。精霊は石に宿って生まれるとされていた。一見して、石にしか見えないそれは、その声を聞ける者にだけ、きらきらと輝いて見える。
 太古の昔はどこに生まれ落ちても、大きな深い森の中だった。つまり、彼らは精霊王の統べる森という、大きな父の腕の中にいることができたのだ。だが、一続きに広がっていた森が消え、砂漠が増えてからは、安全ではなくなった。
 悪い考えを抱く者達もいたるところにいる。精霊使いであれば、彼らを石から呼び出し、名を与えることができるが、問題は、精霊使いでなくても、精霊を石から呼び出すことができる点だった。
 熱に弱い彼らが宿る石へ開発された特殊な液体をかけると、彼らは石から出ざるを得ない。しかし、名を与えられなければ、彼らは石に戻るしかない。好きな時に呼び出され、用が済めば石へ戻る。飲食は必要ない。こんな便利な奴隷を使わない手はない。
 精霊使いの役割は、彼らを解き放つことではない。学園では精霊を使い、いかに戦闘できるかに焦点が置かれていた。どちらの王国にも属さないとうたいながら、実際には育てた精霊使いを王国に売り払っていた。

 近々、必ず戦争が起こる。座ったまま眠っていたトキは、風に髪を揺らされてうっすらと目を開く。本当は眠ってなどいない。目を閉じて体を休めることと、ベッドで体を横たえることは違う。
 行商はトキが出たばかりのエイチの街の方角へ向かっていた。一行の姿は見えないが、精霊の泣き声が聞こえてくる。それが、商品に紛れ込んでいる精霊石からのものなのか、それとも、この周辺に落ちているかもしれない精霊石のものなのか、判断がつかない。
 夜はいつもそうだ。トキは時おり、幻聴に悩まされている。彼はすっと顔を上げた。月夜に照らし出された姿にほほ笑む。
「ハルカ」
 ハルカはミッツとは違い、主の呼び出しには応じない。つまり、自らの意思で印から出たり入ったりする。
「風に混じって泣き声がする。うるさくて、眠れない」
 その一言で幻聴ではないのだと分かった。人型で現れたハルカは、日焼けしていない白い肌と砂色の瞳で、主であるトキを見つめる。いつも思うことだが、トキはハルカに見つめられると、どちらが主か分からなくなる。黄金色をした瞳が弓のように細くなった。

2

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -