And I am...31 | ナノ





And I am...31

 十二月に入り、クリスマス前の週に退院が決まった。抜糸も終わり、退院当日は総一郎が迎えにきてくれた。彼の運転する車で家へ帰る。洋平は玄関を見て、立ち止まった。彼がそっと肩へ手を回す。
「ここが嫌なら、別の家を用意する」
 洋平は首を横に振った。嫌な思い出より嬉しい思い出のほうが多い。弱々しいが、笑みを浮かべると、彼も笑みを返してくれた。
 玄関へ入ると、石床がブラックに変わっていた。それだけでずいぶん雰囲気が違う。洋平はうしろから入ってくる総一郎へ、「シックな色ですね」と言葉をかけた。彼はかすかに頷き、一段高くなっている上がり框へ先に上がる。洋平は素直に手を伸ばした。つまづくことはないと思うが、心配してくれているのだから、その厚意に甘える。
 リビングのソファに座ると、総一郎が熱い紅茶を運んでくれた。彼はテーブルのそばにひざまずき、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
 息を吹きかけて一口飲むと、体が温まる。
「総一郎さん、明日は仕事ですか?」
「いや、明日は土曜だ。月曜は休みにしてある……おまえから離れたくない」
 総一郎が両腕で洋平の体を抱き込む。彼はそのまま、洋平のことを彼自身のひざの上へ乗せた。
「痛いところはないか?」
「だ、大丈夫です」
 自分の格好に赤面していると、勘違いした総一郎が額へ手を伸ばす。病院ではきちんと髪を洗っていない。身を強張らせると、彼は長い指先を滑らせた頬へ、くちびるを当てた。そして、彼の鼻や頬を洋平の顔へ擦り寄せてくる。くすぐったさから笑うと、彼も笑みをこぼした。
 病室にいた時からだが、総一郎はより自分へ甘くなったと思う。過保護という言葉がぴったりだ。ホームドクターが見舞いに来た時、少しだけ総一郎のことを聞いていた。
 総一郎の母親は弟を産んだ後、亡くなったらしい。その後、弟は不慮の交通事故で亡くなった。おそらく彼の中で身近な人の死というのは、耐えがたいものなのだ。それを聞いた後、意識が戻った時の総一郎の混乱ぶりを理解できた。ホームドクターによれば、洋平の意識が戻らない間はもっと大変だったらしい。
 総一郎は離れたくないとでも言いたげに、一度きつく洋平を抱き締めてから、キッチンへ向かった。ただフルーツの盛り合わせが入ったパックを冷蔵庫から取り出してくるだけなのに、一瞬たりとも離れたくないらしい。
 洋平の体を抱え直し、総一郎は球形になっているメロンを口へ運んでくれる。
「うまいか?」
 頷くと、総一郎はモモを取る。
「小鳥みたいだ」
 総一郎の手から口へフルーツをもらい、洋平は笑った。口の中でモモが果汁をあふれさせる。飲み込む前に彼がキスをした。
「モモ味」
 総一郎はそう言って笑うと、今度は深いキスを与えてくる。彼の温かい手が服の間から肌の上を滑った。
「痛くないか?」
 抜糸を終えて、ふさがっている傷口は、なでられる程度では痛みを感じない。だが、激しい運動はまだ控えるように言われていた。洋平の心を読んだように、彼は苦笑し、「最低一週間はダメだと念を押された」と言った。
「だが、風呂くらい、一緒に入ってもいいだろう?」
 総一郎の言葉に洋平はただ赤くなり、頷くことしかできない。求められることが、こんなにも恥ずかしくて幸せなことだとは知らなかった。

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