And I am...29 | ナノ





And I am...29

 洋平は淡いグレーのカーディガンを羽織り、裏庭へ出た。白い吐息に身を震わせる。ガレージの裏にあたる部分へ、タマネギをつるしており、それを取りに出ただけだった。総一郎は好き嫌いがなく、洋平が作る物は何でも食べる。今夜は冷え込むという天気予報を見て、クリームシチューを作ることにした。
 まだ一人では外に出るなと言われているため、毎週末、買い出しに出た際、様々な野菜や肉を大量に購入している。近くにスーパーがあれば、と思うが、週末の楽しみが減るのも残念だと思った。洋平は冷凍庫から冷蔵庫へ移し替えていた肉を取り出す。
 川崎の墓参りに行った日から、二人の関係は深まっていた。互いに口にはしていないが、恋人同士であるという認識はある。いまだにベッドは別々にしているものの、視線が合えばキスばかりしていた。総一郎にとって初めてのことは、洋平にとっても初めてのことだ。これまで自ら好きになった相手と、こんなふうに同棲したことも、料理を作ったことも、一緒にDVDを見たこともない。
 週末は買い出しの他にも、映画や服を見たり、街をぶらついたりしていた。洋平はごく普通のデートをしたことがなかったから、そうした時間は新鮮で、泣きたくなるほど幸せを感じた。
 総一郎は自分に甘い人間は嫌いだと言っていたが、洋平のことは徹底的に甘やかし始めていた。それは物を与えるということではなく、たとえば、抱き締めた時にそのままずっと離さず、頬擦りしたり、耳朶を噛んだり、指先へキスしたり、色々な行為によって実感できる。洋平は時おり、自分が愛玩動物にでもなった気がして、笑っていた。笑うと彼は喜び、くすぐろうとしてくる。
 総一郎の子どもっぽいところは、洋平の心を虜にしていた。彼の接し方は、この家がファミリータイプであるとか、彼がいずれ異性を選ぶタイプであるとか、そういう類の悩みさえも打ち消していた。正直、彼が自分のどこに魅かれているのかは分からない。だが、愛されているという自覚はある。そして、それは、「愛されたい」という洋平の願望を満たしてくれた。
 ジャガイモの皮むきを終えた洋平は、ニンジンを手にした。ちょうどインターホンが鳴り、冷蔵庫にかかっているカレンダーを見る。ここへ人が来る日は決まっている。庭師とクリーニング屋の店員以外は出なくていいと言われていた。ピーラーを手に、ニンジンの皮むきを始めようとして、洋平は先日、インターネットで購入していたプロホースが届いたのではないかと思った。水替えはこまめにしているが、底砂に溜まる汚れが気になり、新しい掃除道具をいくつか購入していた。
 アクアリウムを早くきれいにしたい、という気持ちが出て、洋平は玄関へ向かった。ドアスコープから外を確認する。小さなダンボール箱を抱えた男が立っていた。帽子を被っていて表情は分からないが、運送会社の人間だと思い、扉を開けた。
「お疲れさまです」
 洋平は靴箱の上にある引き出しから印鑑を探した。ボールペンやハサミなどが入っており、奥のほうに印鑑がある。洋平はそれを手にして、振り返った。ダンボール箱は下へ転がっている。それを見てから、自分の腹へ刺さっている物を見た。
「た……」
 帽子を目深に被っていた高堂が、醜い笑いを見せた。彼は洋平の左脇腹へ刺さった包丁の柄を一度引いた。洋平の腹から刃が抜ける。痛みや熱さ以上に、恐怖でどうにかなりそうだった。赤い染みはどんどん広がっていく。洋平は傷口へ両手を当てた。うまく呼吸できない。指の間から血が流れ、玄関の石床へ雫が落ちる。
 高堂は洋平の血のついた刃を、もう一度、振りかざした。洋平は腹を押さえていた手をクロスさせ、その攻撃を防ぐ。左腕に熱が走り、その場に倒れた。逃げなければ、と思うのに、体はまったく動かない。腹に左腕を当て、その上から右手で押さえた状態で、洋平は背中を向けた。無防備なそこへ、彼は刃先を下ろす。
 大きなエンジン音が聞こえたのはその時だった。怪しい人物が来たら、すぐに知らせて欲しいと依頼していた総一郎との契約により、ホームセキュリティー会社の警備員が駆けてくる。高堂は包丁を手にその場から走り去ろうとした。洋平はかすんでいく視界の中で、警備員達の必死な形相を見た。何を言っているのか、分からない。
 総一郎との同棲生活で一生分の幸せを使い果たしのかもしれない、と洋平は沈む意識の中で考えた。こんなふうに終わるなんて、とは思わない。
 洋平はとても満たされていて、幸せだった。誰かから愛される、という願望は叶っていた。ぜいたくが許されるなら、もう一度だけ総一郎に会いたい。洋平の意識はしだいに完全な暗闇へと変化していった。

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