And I am...28 | ナノ





And I am...28

 リビングのソファへ体を下ろしてくれた総一郎が、水を運んでくる。洋平はまぶたを擦りながら、水を飲んだ。キッチンに立っている彼は、氷をグラスへ入れていた。軽快な音の後、無色透明の液体を持って、こちらへやって来る。
「サイダーだ」
 総一郎はそう言って笑ったが、何かアルコールが入っているに違いない。一口飲んだ後、彼は背もたれへ体をあずけた。すでに日が沈み、裏庭がライトアップされている。並んでソファに座ることはなかったため、妙に近い距離を意識してしまう。洋平はどこかへ飛んでいった眠気の代わりに緊張を手に入れた。彼は何とも思っていないのだろうか。テーブルの上へグラスを置くと、彼の左手が洋平の左肩へ触れた。
 洋平はうかがうように自分の右へ座っている総一郎を見る。彼は裏庭を見ていた。あまりにも自然としているので、緊張している自分のほうがおかしいのではないかと思う。
「年内は忙しいが、年が明けたら一度、病院で診てもらうか」
「え?」
「おまえの喉。ひどい時は耳鳴りもあるんだろう? 扁桃腺炎は手術とか抗生物質で治るらしい」
 混乱とはまさにこのことだと、洋平はすべての思考を停止させた。来年の話をしている。自分のことを考えてくれている。左肩へ回されている指先の温もりを感じた。視線を向けると、総一郎の黒い瞳と絡み合う。
 恋に落ちないわけがない。互いの第一印象は悪かったかもしれないが、総一郎は端然としており、外見もよく、社会的地位もある。何より、まっすぐな考え方は悪く言えば単純だが、よく言えば率直で好ましい。そして、彼は優しい。これだけの魅力があれば、誰だって意識する。
 総一郎の右手が、肩を軽く押さえた。キスされる。洋平は分かっていたが、目を閉じられなかった。彼は目を閉じて、触れるだけのキスをくれる。ほんの数秒だった。彼のくちびるが離れ、彼の瞳が開き、それから、彼は小さく笑みをこぼした。
「慣れているみたいな態度を取って悪かった。正直に告白すると、俺は男とはしたことがない。そういう嗜好もないんだ」
 洋平は何とか頷く。何を言っていいのかも分からない。ただ、頭で考えるより先に心が理解していた。同性を恋愛対象として見ることのない総一郎が、自分を好きになるわけがない。容姿もいいとは言えず、高校時代から数え切れない男達と寝てきた。彼に釣り合うはずもない。
 つまり、今のキスは自分があまりにも物欲しそうにしていたから、仕方なくしてくれたのだと考えた。視界がどんどんにじみ、はらはらと涙がこぼれた。慌てた様子で、総一郎が少し近づく。
「泣かせる気はない。俺は……その、とにかく、男が気になるのは、初めてで、どうしていいか、よく分からない」
 総一郎の言葉を聞いた後、洋平の涙は止まった。同情からのキスではないと分かったからではない。彼の思わぬ告白に驚いたからだ。十歳も上なのに、十代の青年のような物言いだった。
「そ、ういち、ろうさん」
「何だ?」
 少し頬を染めて、総一郎がこちらを見る。洋平は何度か瞬きをしながら、彼を見つめた。
「俺が気になるんですか?」
 滑るように出た言葉に、総一郎は深く頷く。冷たくなっている指を握って、洋平は言葉を選んだ。
「俺が、あなたの弟に似てるから?」
「まさか。それは違うって言っただろう。それに弟に重ねてたら、おまえを抱きたいと思えるわけがない」
 言葉を理解するのに、たっぷり数十秒はかかった。総一郎は、「しまった」とでも漏らしそうなくらい、狼狽している。今度は洋平が赤くなる番だ。どう返していいのか分からない。
「とりあえず、もう一回、キスしてもいいか?」
 テーブルの上にあるグラスを取り、喉をうるおした総一郎は、洋平の返事を待たずにキスを仕掛けてきた。サイダーというのは、やはり嘘だ。絡んだ舌はアルコールの味がした。

27 29

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -