And I am...25 | ナノ





And I am...25

 洋平は洗面台に並ぶ香水のビンを手に取った。キャップを開けるとフルーティな香りがする。総一郎のフレグランスだ。彼は新しい秘書を雇い、仕事も落ち着いてきたようで、十一月に入ってからは遅くなっても二十時頃には帰宅している。
 シャワーを浴び終えた洋平は、髪を乾かした。一つ屋根の下で暮らし、一緒に食事もするが、総一郎を明確に恋愛対象として見てはいなかった。川崎と過ごした時間とはまったく異なるが、雰囲気は似ており、やはり彼は川崎の息子だと思わせる。
 十歳も上だから、落ち着いていて当然であり、初めて会った時はよほど動揺していたのだと分かった。総一郎は直情的なタイプで、誤解が解けるとまるで別人みたいに優しくなった。意識していないと言えば嘘になる。彼はよく洋平を見つめる。最初は弟に似ているからだと思って、気にしないようにしていたが、最近、その瞳を見つめ返していると、おかしな気分になってくる。
 総一郎は寡黙で、仕事の話もほとんどしない。夕食の時、向かい合ってはいるが、洋平も一日中、家にいるため、話すことがない。DVDのことや、庭に咲いていた花や天気の話をするものの、三十分もあれば話はつきる。沈黙は気まずくはないが、くだらない人間だと思われないかとあせる気持ちはあった。
 二階には総一郎が寝ている部屋ともう一部屋、リビングより一回り小さい部屋がある。その部屋はフローリングの床の上にじゅうたんが敷かれており、家具はまだ何もない。代わりに、この部屋には様々な天体望遠鏡が並んでいた。初めてこの部屋の掃除をするために中へ入った時は、何の道具かさっぱり分からない状態だったが、総一郎から、星を見るのが趣味だと聞かされ、ようやく理解できた。
 部屋の天井はおそらく肉眼でも星を見ることができるように、大きな天窓が二つ並んでいる。夏は暑そうだが、今の季節はこの部屋がいちばん暖かい。掃除機を持って廊下へ出て、向かいにある総一郎が寝ている部屋へ入る。シーツをこまめに替える必要はないと言われて、二週間に一回と決めた。彼のスーツやシーツなどの大きな物はクリーニング店の店員が回収に来てくれる。
 廊下と階段は拭き掃除もしていた。これまではプロがしていたことだから、洋平ではやり残しがある。特にキッチンは、洋平が料理するようになってからIHコンロの汚れがひどくなった。IHコンロは専用のスポンジで掃除しているが、ガラス面がどうしても傷になってくる。洋平はそれが気になるのだが、総一郎は一瞥して、「使ったら汚れて当たり前だろ」とまったく気にしていなかった。
 所有者がそう言うなら、と洋平もあまり気にかけないようにしたが、掃除もろくにできないと思われるのは嫌で、なるべくきれいに使おうと努力している。
 家の造りが分かると、総一郎がこの家をどういう計画で建てたのか分かった。この家はファミリータイプの家だ。家族三人で暮らすとちょうどいい。ガレージのシャッターを開けるとそのまま屋根になる裏庭の右手は、いかにもバーベキューができそうに見える。その向こうはいずれ砂場にでもする計画なのか、赤茶色のレンガが円形に並べられていた。
 ここにいたらいい、と言う総一郎の言葉は本気だろう。だが、本当にいつまでもここにいるわけにはいかない。無意識に制しているのは、彼が恋愛対象を決して同性に限定していないところにある。彼はいずれ異性を選び、子どもを授かるだろう。
 IHコンロのガラスを磨いていた洋平は、ふと手を止める。まだ存在してもいない総一郎の彼女や、二人の子どもについて嫉妬するなんて、どうかしている。洋平はゴム手袋を流しの中へ入れて、トイレへ入る。
 ジーンズのチャックを下ろし、ペニスを取り出した。何度か試しているが、洋平のペニスは勃起しなくなっている。目を閉じて、高校の時、好きだった相手を思い浮かべた。彼が優しく自分を抱いてくれる。彼の手が頬やうなじ、へその周囲をなでてくれる、その手がペニスをそっと握る。
「っや……」
 短く息を吸い込んだ後、洋平は左手を壁についた。ペニスはまったく勃起していない。もう一度、目を閉じて、今度は総一郎の顔を思い浮かべる。結果はいつも同じだ。途中で必ず初めての時を思い出す。それから、売りをしていた時の顔すら分からない男達の息遣いや原野のところで経験した痛みが、まるで今も与えられているように洋平の心をえぐる。
 嫉妬は馬鹿げている。きれいなわけでも、可愛いわけでもない。うっすらと痕の残った体と機能しなくなってしまった性器に、洋平は自らを嘲った。嫉妬する権利すらない。好きになっても、最後に傷つくのは自分だと分かっている。恋愛対象として見ていない、という自分への嘘を洋平はもう一度、言い聞かせるようにつぶやいた。

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