And I am...18 | ナノ





And I am...18

 総一郎はスーツを脱ぐと、部屋を出ていった。起き上がりたいが、体はこのまま眠りたいと言っている。電気の消えた室内はアクアリウムのブルーライトが光っていた。洋平は頭上にあるその光を見てから目を閉じる。
 翌朝はかなり早くに目が覚めた。本調子ではないが、昨日よりはましになっている。洋平は寝室からキッチンへ歩いた。夜明け前の薄暗い景色がリビングの大きな掃き出し窓から見える。冷蔵庫を開けて、買い足されていたスポーツ飲料を飲んだ。
 もう一度、冷蔵庫を開けてゼリーを一つ取り出すと、総一郎が声をかけてきた。洋平は驚いて振り返る。寝癖で髪がはねていた。彼は気づいていないようで、近寄ってきた後、手を洋平の額へ当ててくる。
「まだだな」
 総一郎はそう言うと、引き出しからスプーンを出して、洋平へ差し出した。それを受け取ると、彼によって軽々と横抱きにされる。
「え、あ、ちょっと……」
 かすれた声で抗議したが、総一郎はそのまま寝室のベッドまで運んでくれた。手の中のゼリーを奪われるが、ふたを開けた後はすぐに返してくれる。
「何か欲しいものがあれば呼んでくれ」
 総一郎はそう言って扉を開け放して出ていく。おそらくリビングにいるのだろう。洋平はふたの開いたゼリーを食べた後、スプーンと容器を下へ置き、目を閉じる。外はしだいに明るくなり始めた。もう少しだけ寝て、起きたらシャワーを浴びたいと思う。彼の真意は分からないが、原野のところにいるより、ここにいるほうがいい。ここにいれば邪魔されずに眠れる。洋平はつらつらとそう考えながら、眠りの世界に旅立った。

 体に触れられたような感覚に目を開けると、ホームドクターが包帯を取り替えていた。洋平の視線に気づいた彼は、老人らしいしわを刻んだ優しい笑みを浮かべる。
「調子はどうかな?」
「大丈夫です」
 かすれた声で答えると、彼は右足首への包帯を巻き終える。
「あまり丈夫ではないようだ。薬を飲んで安静にしていればいい。ストレスもおまえさんの喉にはよくない」
 彼はそう言って立ち上がる。
「あの、せっかく新しくしてもらったんですけど、俺、シャワーを浴びたいんです」
 洋平はシャツの間から見える、胸から背中へ一回りしている包帯を確認した。
「まだやめておけ。包帯を替える前にタオルで体を拭いていた。夏でもないから、大丈夫だろう?」
「あ、そうだったんですか……ありがとうございます」
 汗をかいていたため、髪も洗いたかったが、確かに夏でもなく、一生シャワーが使えないわけではない。洋平は素直に礼を述べた。
「あぁ、拭いたのは俺じゃない。総一郎だ」
「え?」
 彼は、また来ると言い、寝室を出ていく。話し声が聞こえた後、玄関扉の電子音が聞こえた。少しすると、総一郎が入ってくる。洋平はすっかり曜日の感覚をなくしていたが、今日は土曜だった。動きやすそうな衣服を着ていても、モデルのように何でも似合う彼が、手を伸ばして額へ触れてくる。
「腹は?」
 洋平は総一郎を見上げた後、壁のほうへ視線を動かす。熱が高い間は助けが必要だったが、体調が落ち着いてきた今は必要ない。洋平はあの時、嗚咽を上げながら生まれた憎しみという名の感情を忘れていなかった。
「元気そうだな。ゼリー以外で食べられそうなものはあるか?」
 ベッドの横でひざをついた総一郎が、頬にかかっている洋平の髪をすいた。洋平はいらいらして、その手を振り払う。
「洋平」
 かつて、川崎が呼んでくれた声と重なる。ぐるぐると回る感情が勝手に涙をあふれさせた。
「おまえなんか嫌いだ」
 洋平は白い壁に向かってささやく。今、優しいのは自分が弟に似ているからだろう、と心の中で総一郎を嘲笑した。だが、本当は自分で自分を嘲笑していた。弟に似ているから差し出される優しさに、すがりつきたいと必死になっている自分がおかしかった。

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