And I am...15 | ナノ





And I am...15

 川崎との思い出が去来する。洋平はベッドに座ったまま、くちびるを噛み締めた。自分と食事をすると落ち着く、と言ってくれた。それは褒め言葉であり、そんな言葉をもらえたのは彼からだけだ。だが、それも自分が亡くなった息子に似ていたから、という理由から出た言葉なら、洋平は自分の価値を見出せなくなる。
 拳を握り締める。考えるまでもない。川崎が自分を気にかけてくれたのは、ただ亡くなった息子に似ていたからだ。若野洋平じたいに価値はない。胃から不快感がせり上がってくる。唾液を飲み込むと、喉が痛んだ。呼吸が乱れて、耳の奥に鋭い痛みが走った。
「あぁ、本当ですね。起きてます。では、連れていきます」
 扉が開き、高堂が入ってくる。彼は体を支えるふりをして、耳元でささやいた。
「二度と総一郎さんの前に現れるな」
 洋平は押し黙ったまま、高堂の運転する車へ向かって歩く。諦めだけが今の洋平を支配していた。たとえば、もっと体が強い人間だったら、もっと愛想よく振る舞えたら、もっと気の利く性格だったら、自分は誰かに必要とされたのだろうか。車に乗り込む前に、洋平は小さく口を開いた。
「あの、俺の、パンはありますか?」
 玄関先まで出てきていた総一郎が怪訝そうな顔をした。
「パン?」
「俺が、持ってた袋に入ってたのです」
 会田が持たせてくれたフォカッチャのことだった。総一郎は少し考えた後、思い出したように言った。
「あぁ、もう三日も経つから捨てておいた」
 ぎゅっと心臓が痛む。形が悪いなんて嘘だと知っていた。会田は調子の悪い自分を見て、朝食を作る手間が省けるようにあれを持たせてくれたのだ。『ブォンリコルド』でだけ、洋平は若野洋平でいられる気がした。
「先方にはおまえが体調を崩しやすいことは伝えてある……親父は遺言状とは別に手紙を残していた。おまえの将来が心配だから、面倒を見て欲しいとあった。あの時は動揺して、おまえを追い出したが、仕事を紹介しても続かない、体が弱い、そういう状態じゃ、とても面倒は見れない。俺は何もしないで一日中家にいて、浪費するだけの人間がいちばん嫌いなんだ」
 総一郎の黒い瞳を洋平は見上げた。嫌いという言葉が胸に刺さる。いつも嫌われてばかりだ。
「弟さんに、似てなかったら、俺、相手にされてなかった、だろうな」
 痛む喉を押さえて、独り言のように言うと、総一郎は苦笑いを浮かべる。
「そうだな……」
 否定して欲しいわけでなかったが、肯定されたことで自分を全否定されたような気持ちになった。
「約束している時間に遅れます」
 高堂に促されて、車に乗り込む。車が走り出した後、洋平は少しだけ振り返った。総一郎はもう家の中に入っている。高堂が笑い始めた。罵られながら、目を閉じる。どんな男か分からないが、ある意味では彼のところへ行けば、洋平は少なくとも若野洋平として必要とされている気がした。だが、それは詭弁であり、実際には若野洋平として必要とされているのではない。
 洋平の世話をする男は原野(ハラノ)と名乗った。洒落た外観の家へ入ると、そのままバスルームへ引きずられる。そこで洋平は、人間としても必要とされていないのだと自覚するに至った。

 原野は川崎のように退職をして、自由気ままな生活を送っている。何人か使用人がいるが、数えたことはなかった。洋平は角材のような柱に縛られていた。ちょうど角に当たっている腕、背中、臀部は赤く擦られ、血がにじんでいる。鎖骨から下には鞭で打たれた傷が残っていた。
 使用人の一人が部屋に入ってくる。この部屋は防音が施されており、窓がない。今は換気扇が回っているが、行為の最中はいつも止まっていた。初めの頃は叫んで助けを求めないようにと口をふさがれていたが、洋平は二週間で落ちた。
 うつろな視界に映った使用人が口の中へミネラルウォーターを注ぐ。ほとんど飲み込めずに口からあふれた。だが、使用人は気にすることなく、すべてを注ぐと出ていく。しばらくすると、原野が来た。ベルトの上に乗った腹をかすかになでた後、彼はなえている洋平のペニスへバイブレーターを当てた。

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