And I am...13 | ナノ





And I am...13

 喉の痛みと体の内側にこもっている熱にうんざりしながら、洋平は社長の相手を終えて、自分の席へ座った。今週を乗りきって、来週も頑張れば、ちょうど一ヶ月になる。そしたら、辞めるつもりだった。
 二重に見えるモニターと格闘しながら、キーボードを叩く。電話が鳴り、手を伸ばして出ると、高堂からだった。
「なかなかしぶといですね」
 とげのある声を聞き、洋平は視線を落とした。自分のプライドのために辞めるものかと思っていたが、もう頑張らなくてもいいという気持ちになってくる。
「……俺が辞めたら、満足なんですか?」
 かすれた声で尋ねると、高堂は肯定した。
「総一郎さんはお父様に似て優しいところがある。おまえみたいなクズを放っておけない。今まで何度も、働き口のないクズのために仕事を斡旋しました。だが、しょせんクズはクズです。来週中に辞めないなら、寮で眠れなくなるくらい、相手を捜してあげます。元の仕事のほうがお似合いですから」
 重たく感じる受話器を置き、洋平はパソコンの電源を切る。突然、立ち上がり、鞄を持って社長室へ移動する洋平に、周囲が驚いた。隣の席の先輩社員が洋平の道をふさぐ。
「待てよ、一ヶ月は我慢しろ」
「賭けのために存在してるわけじゃない」
 洋平は彼の体を押しのけて、ノックもせずに社長室へ入った。
「俺、今日で辞めます」
 社長が何か言ったが、洋平は会社を出て、エレベーターホールへ走った。誰も乗っていないエレベーターの中に入ると、ずるずると座り込む。頬を流れる涙を拭った。一階に到着する前に立ち上がり、携帯電話に登録されている高堂の番号へ発信する。相手が出た瞬間、洋平は嗚咽をこらえた。
「辞めます。すぐ出ていきます」
 それだけ言って、電話を切り、電源を落とす。部屋に戻り、必要な荷物だけ詰め込んだ。借りている十万円をどうやって返そうか、と購入した必需品を見て考えたが、今はそのことを思い悩む時ではなかった。
 扁桃腺がまた腫れている。慢性的な症状にうんざりしながら、洋平は駅のほうへ歩いた。電車の中で目を閉じる。疲れが出ていた。本当は布団で眠りたいが、『ブォンリコルド』の最寄り駅で降りて、荷物をコインロッカーへあずける。まだ最初の給料さえもらっていないため、借りている金で生活しなくてはいけない。分かっていたが、今日は会田達にむしょうに会いたい気分だった。
 店に入ると、すぐに守崎が来た。
「若野さん、お久しぶりです。体調、よくなりましたか?」
 席に案内されながら、頷くと、守崎が笑みを返してくれた。
「慎也さん、呼んできます。ずっと気にしてたみたいなんです」
 メニューを広げ、氷を抜いたミネラルウォーターを入れてくれた守崎が、キッチンのほうへ消える。食欲はない。だが、何も注文しないのはおかしいと思われる。洋平はサラダの項目を見た。ページをめくり、デザートを見る。
「若野さん」
 会田が嬉しそうにこちらへやって来た。洋平も思わず頬を緩める。
「今日はスーツなんですね。仕事が見つかったんですか?」
「……はい。寮なんで、住むところにも困ってません」
 会田は自分ことのように喜びをあらわにしてくれた。先ほど辞めてきたとは口が裂けても言えない。
「デザートですか?」
「暑くて、食欲がないんです」
「……何だか顔色も悪い気がします。あっさりしたスープでよければ、すぐにできますよ。オーナーがイタリアにいた時に学んだ、風邪の時、子どもが飲むスープです」
 会田はそう言って笑い、「すぐに作ってきます」と踵を返した。ずっとここにいたいと思わせるほど、『ブォンリコルド』は居心地がいい。ここでは誰も洋平のことをクズだと言わない。
 喉ごしのいいスープを味わい、洋平は会計の段階で会田に借りていた衣服を忘れていたことに気づいた。彼はまた来た時でいいと言い、袋に入ったパンのようなものを手渡してくれる。
「新人の子が練習したフォカッチャなんです。余ってるから、朝ごはんにでもどうぞ。形は変だけど、味は店で出してるのと変わらないです」
 会田がキッチンを一瞥すると、奥で若い男性が頭を下げた。洋平は礼を言って、受け取る。

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