And I am...10 | ナノ





And I am...10

 リビングのソファへ体を押しつけられ、ようやく彼の腕が放れる。彼は何も言わずにリビングを出ていった。洋平は溜息をつく。ある程度、予想できたが、リビングだけでもかなり広い家は、裏庭側にウッドデッキに似せた縁側があった。裏庭はセキュリティ上なのか、照明がついており、洋平は庭を眺める。桜の木と何か分からない木があった。
 新聞記事で読んだ川崎の社会的立場は建設会社の社長だった。今は彼が引き継いだのだろうか。家を見る限り、金に困っていないことは分かる。
「シャワーを浴びろ。準備してこい」
 突然の声に振り返ると、着替えた彼が空調を調節していた。それから、彼はキッチンに立ち、ジンのボトルを取り出した。準備の意味が分からないほど、うぶではないが、自分を嫌悪している男がどうして自分を抱くのか分からない。心もとない表情を見た彼が、またいらいらとしながら、トニックウォーターのビンを置いた。
「愚図だな」
 左腕をつかまれる。先ほどと同じ場所だったため、痛みが走った。だが、彼は気にせず、バスルームへ続く廊下を通り、洋平のことをそこへ押し込む。
「嫌です。俺、あなたと寝たいわけじゃない」
 左の頬へ手を当てながら言うと、彼は真顔でこたえる。
「気が合うな。俺もだ。なら、おまえのことを可愛がってくれそうな連中に電話しようか。おまえを檻にでも入れて、永遠に上と下の口を閉じてくれるだろう。寝るところと食べることには不自由しない」
 彼は本気で言っている。洋平はくちびるを噛んだ。そのほうがいいのかもしれない。そうすれば、働かなくて済む。だが、それが本当に自分のしたいことなのか分からない。自己嫌悪に陥っていると、彼が携帯電話をいじり始めた。
「待って! 嫌だ、他の人も嫌だ。本当は、こんなこと、こんな生活、嫌だ」
 肩を揺らして言うと、彼は鼻で笑った。
「そうか。おまえみたいに口先だけの奴を何十人と見てきた。嫌だなんて言いながら、おまえらは結局、自分に甘い。今の生活を変えたいって? なら、やってみろ。どうせ一ヶ月ももたないだろう」
 扉を閉めた後、彼はすぐに開けて、何もしないからシャワーを浴びろと言われた。シャワーを浴びて出ると、サイズは大きかったがバスローブが用意されており、二階にある部屋の一つへ案内された。上質のベッドへ寝転ぶと、すぐに眠気が襲ってくる。
 嫌われていることは悲しいが、彼の相手をしなくて済んだことには安堵していた。何となく、川崎への裏切り行為のような気がするからだ。出会い方が違っていたら、もしかすると恋に落ちていたかもしれない。だが、彼は金にも困っていなければ、夜の相手にも困ってなさそうだ。
 翌朝、彼の「やってみろ」と言う言葉の意味を理解した。リビングへ入ると、彼の他にもう一人、男が向かい合って座っていた。土曜だというのにスーツを着ており、色素の薄いブラウンに近い髪を短くそろえている。少し大きめの瞳が洋平のほうを向いた。とても美人な男だった。だが、その瞳は一瞬、驚愕の色を見せた後、強い憎しみに変わった。
 洋平はその瞳に慣れていた。彼と同じ軽蔑の色だ。そこになぜか分からないが憎しみが加わっていた。おそらくバスローブのせいだと思われるが、それを確認する術はなかった。
「あぁ、あれだ。高堂(タカドウ)」
 名前を呼ばれた男は、洋平から視線を外し、彼のほうへ視線を向ける。
「休みの日に悪かったな」
「いえ。では、本日中に手配して、整えば連絡を入れます」
「よろしく」
 高堂は立ち上がると、洋平の横を通り、そのまま玄関から出ていく。
「秘書だ。子会社のどこかで空きがないか確認させてる。部屋も今日中に用意させる」
 昨日は一ヶ月もたないだろうと言われたが、彼は自分に部屋と仕事を与えようとしている。洋平は小さく口を開いた。
「ありがとうございます」
 本当に嫌な人間なら、こんなふうに世話を焼いてくれないはずだ。彼はやはり川崎の息子であり、情が深いに違いない。洋平はそんなふうに思い、改めて彼を見た。今日は艶やかな黒髪をサイドで固めたりせず、そのままにしている。そのため、時おり目に入るのか、何度か指先でかき上げる仕草をした。

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