And I am...9 | ナノ





And I am...9

「こんなところに、まだウサギが一匹隠れていたぞ」
 男は笑いながら言った。振り返った目の前の男が、ほんの一瞬だけ驚いた表情を見せる。そして、すぐに視線を外された。洋平は彼が、あの日、部屋へ来た川崎の息子であると確信した。
「た、助けて」
 思わず漏らした言葉に、彼は視線を上げたが、その瞳には侮蔑しかない。彼は少し首を傾げてから、そっと近づいた。
「何、言ってるんだ? 自分から来たんだろう? 新しいパトロンが必要なら、あそこで競りにかけてもらえ」
 彼の言葉で、男が他の男達とともに、洋平の体を引きずる。洋平はパニックになりながら、彼に助けを求めた。
「いや、だ、や、おれ、あなたの、あなたのお父さんとはっ」
 寝ていない、と言おうとした時、彼が大きな手で口をふさいだ。怒りの眼差しを向けられて、思わず息を飲み込む。
「すみません。彼に確認したいことがあるので、少し借ります」
 彼の立場は知らないが、彼がそう言うと、男達が拘束していた手を放す。洋平は涙を拭うこともできず、彼に腕を引っ張られた。入ってきた入口ではなく、別の出入口から外へと連れ出された。彼は爪が食い込むほど強く、洋平の腕を握ったまま、どこかへ電話をかける。すぐに黒の外車が走り込んできた。
 その中へ押し込まれた後、彼が乗り込み、そして、思いきり頬を殴られた。あまりの痛みに左手で頬を押さえる。
「脅迫とはいい根性してるな」
 何のことか理解できない。彼はむっとした様子で、煙草に火をつけた。
「あの場で俺の親父のことを持ち出して、恥をかかせようとしただろう? 親父との関係をばらされたくなければ、何だ? 金を要求するのか?」
 嘲るように笑った彼は、煙を吐き出した。
「おまえのその軽いケツと口が開く前に、閉じないとな」
 新しい涙がどうしてあふれたのか、洋平には分からなかった。まだ痛む頬のせいではない。ただ目の前で煙草を吸っている彼の黒い瞳が、まるで卑しい者を見下すかのように冷めた色をしている。そのことが胸を突いた。彼が川崎と多少似ているからかもしれない。
 混乱する気持ちについて考えるのをやめなければ、と思う。洋平は頬を押さえていた左手を自分のひざへ置いた。
「おれ、してません。あなたのおとうさんとは、してない、ほんとうに、ただ、ごはんをたべたり、いっしょにはなしたり、それだけ」
 腫れている頬のせいで、うまく口を動かせなかった。だが、伝えてたいことは伝えられた。煙草を吸い終わった彼が、足を組み直す。
「それで? 体の関係がなかったなら、なおさら、おまえのことを不快に思うんだが……親父をだまして、金を吸い取っていたってことだろう? お前自身に何か特別な価値があるとは思えない」
 それは自分でも感じていることだ。洋平が視線を落とすと、彼の手があごをつかみ、洋平の顔を上げさせた。腫れている頬も容赦なく押さえるため、痛みに顔をしかめる。彼はこちらを凝視した後、小さく息を吐き、「いらいらする顔だ」と言った。傷つかないわけがない。それでも、洋平は顔には出さなかった。
 車が停まると、運転手がドアを開けてくれた。
「おまえもだ」
 彼に言われて、車から降りると、大きな家の前だった。周囲は上品な戸建てばかりが並んでいるが、一軒一軒が離れていて、よく見ることは叶わない。洋平が立ちすくんでいると、彼が視線だけで呼んだ。
 彼の家は右側におそらくガレージがあり、門扉を開けて玄関まで前庭が続いている。手入れされており、短く刈られた芝生が見えた。石畳になっている部分を歩いていくと、家の玄関扉がある。自動でついた照明で、家全体を見ることができた。ホワイトとブラウンの洒落た外観だった。
 扉を開けた彼が中へ入る。扉が閉まった後も、洋平は家の外観に圧倒されていた。すぐに扉が開き、彼が呆れた表情で中へ入るようにと言う。ためらうと舌打ちされ、腕を引かれた。

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